【受託研究報告書】
第25回全国農協大会議案分析






はじめに

1章 第25回JA全国大会議案の位置と特徴

2章 「消費者との連携による農業の復権」の特徴と課題

3章 「総合性発揮による地域貢献」の特徴と課題

4章 経済事業の戦略の特徴と課題

5章 信用事業の戦略の特徴と課題

        第6章 人事・労務対策の特徴と課題















2009年6月3日


農業・農協問題研究所




はじめに


  本稿は全農協労連の農業・農協問題研究所に対する2009年度の委託研究「第25JA全国大会議案(組織協議案)の分析」に対する報告書である。

 本報告は、報告期限との関係で200949日に決定された「第25JA全国大会議案(組織協議案)(以下「議案」とする)を分析対象とする。議案は、白表紙の89頁に及ぶ大冊と、色刷りパワーポイント形式の55頁に及ぶ「縮刷版」(以下「縮刷版」とする)の二種類がある。縮刷版には議案にはないデータ等もあるので、ともに視野に入れる。

  議案は第1部と第2部の「実践と進捗管理等について」に分かれるが、後者は1頁のみである。そして第1部はT消費者との連携による農業の復権、UJAの総合性の発揮による地域貢献、V協同を支える経営の変革の三本立てになっている。それらを「農業復権」、「地域貢献」、「経営変革」と略せば、農業復権・地域貢献を目的として高く掲げ、その実現に向けての経営変革という構成と受け取れる。上品に言えばTUは祭の神輿、Vは担ぎ手、下品に言えばTUは上半身、Vは下半身である。A3判のチャートでは、上段にT・U、下段にVを配しているので、その比喩もあながち下品とはいえまい。

  叙述のボリュームはTUとVがほぼ半々だが(正確にはVの方が多い) 、これが縮刷版になるとTUが6割近くを占め、研究会等の説明文になると前者が7割以上になり、説明時間になるとさらに多くなり、Vは付けたり的になる。

  要するに議案作成に係わる者が対外的に建前としてアピールしたいのはTUの部分であり、Vは本音としての対内的な具体的実践方針というわけである。24回大会議案の作成責任者は、大会決議とは「JAグループ役職員が共有する三カ年の作戦書」と規定したが、25回は、その位置付けを外には隠しつつ内により強烈に貫いていると言える。

 本報告書は次のような構成をとる。まず第1章で本議案の歴史的位置付け、狙い、性格等を明らかにし、第2章で農業復権にかかわる部分、第3章で地域貢献に係わる部分を取り上げる。そして第4章で農協事業論、第5章でとくに信用事業論について取り上げる。最後に第6章で全ての皺をよせられるところの労務対策を取り上げ、対置されるべき方向を考える。

  組合員組織問題は最重要課題だが、第1章で全体との関わりでとりあげることとし、また第1章では議案が無視ないしは避けている最近のいわれなき農協攻撃論を取り上げる。第2,3章は神輿の部分にあたるが、神輿だけ見ていても「きれいだね」で終わってしまうので経営変革の「大変だね」と組み合わせる。議案の生活・福祉面は協同組合事業論が弱いので、その問題と課題を項を起こして検討する。

  1章で触れるように4月時点での大会議案は暫定案の域を出ず、農政改革、中央会改革、農水省の農協新事業論等の主要なポイントは夏秋以降に先送りされている。金融危機や経済危機も今後本格化する。大会議案が大会直前に大幅修正されるのか、今の神輿を横浜アリーナやNHKホールに担ぎ出して「後の祭」にするのかは定かでないが、いずれにしても本研究所としては適宜、大会議案を含め事態の分析を継続・公表するつもりなので、報告書の文責者である農業・農協問題研究所事務局に御意見、情報をお寄せいただきたい。



1章 第25JA全国大会議案の位置と特徴


1.農政等との関連−タイミングの悪い組織協議

@農政と農協大会

  21世紀の農協大会は農政のマンデイト(指令)待ち大会だった。22(2000)JAバンク化、23(2003)は経済事業改革、24(2006)は担い手育成という、それぞれ農政からの強い指令にどう応えるかが課題だった。後述するように細かく言えば農政からのサインはいろいろ出ているが、大きな宿題は今回は一応なにもなく、内向きの課題に取り組む大会の年だといえる。

 現実には後に見るように、これまでの減収増益路線が遂に減収減益に突入し、信用事業の型紙に合わせた組織再編の破綻を示した。JAJAバンク化ともいうべき再編が、今回の世界金融危機で農林中金が日本最大の被害をこうむり、3,000億円以上の黒字から一転6,100億円の赤字に転じ、その還元に依存する農協経営を根底から揺るがすことになり、経営問題が最大の課題にならざるをえない状況にある。その意味では外向き対応から内向き対応へに転換せざるを得ないのが今回の一つの特徴だろう。


A先送りされている重要論点

  今回の議案は極めてタイミングが悪く、宙ぶらりんである。

 第一に、2009年度末に決定される食料・農業・農村基本計画の改訂作業が開始されたばかりで、その中間論点整理が夏になることが挙げられる。政府の「農政改革特命チーム」がとりまとめた「農政改革の検討方向」は09417日に決定されたが、そこでは食料自給率というこれまでの新基本農政の基本目標は「食料自給力問題」としての検討項目のなんと6番目におとしめられ、「どのような政策目標を設定することが適切か」について再検討することとされた。『日本農業新聞』が「自給率に消極的」と報じる(4月15)ような事態である。また生産調整についても、それをやめた場合には農家手取り米価が8,500円まで下がるというシュミレーションを示しつつも、「具体的なあり方を検討」することとされている。特徴は自給率に代わって「農業所得の増大」が最大の目標に据えられ、関連して「農協の経済事業のあり方」が検討事項にあがっている。

  このような農政課題について全中は「新たな食料・農業・農村基本計画の策定に向けたJAグループの基本的な考え方について(組織協議案)」を094月にとりまとめた。そこでは「まずは基本的な考え方」を議案に盛り込み、7月までに具体的考え方をとりまとめて政府与党に働きかけるとしている。いいかえれば大会議案そのものが農業者の政策要求の集大成という性格になっていない「とりあえず」のものなのである。議案の農政要求については後述するが、具体的な政策要求をとりまとめる頃には組織協議は終わっているというタイミングの悪さである。

  第二に、政府の「検討方向」は前述のように「農協の経済事業のあり方」を俎上にのせている。そしてこれも『日本農業新聞』の報道によれば(422)、農水省はJA関係者や消費者、有識者でつくる「農協新事業像の構築に関する研究会(仮称)5月中に設置し、9月に報告書をとりまとめるとしている。このところ全農への業務改善命令も連発されず、「新生プラン」の進捗状況の年4回の検証も1回に改められたが、毎回の業務改善命令の代わりに一括命令ということにもなりかねない。

  第三に、本大会の隠れたメインテーマは中央会問題ともいえるが、その点についても全中の総合審議会が中央会改革論議をスタートさせ、8月末をめどに答申するという(『日本農業新聞』424) これまた組織協議は7月末までに全中に集約されるわけだから同じ組織内でありながらタイミングの悪い話である。

  以上要するに農政、経済事業、中央会改革という主要部品のマンデイトが発せられる前に議案をつくり組織協議せざるをえないというタイミングの悪さである。あるいは大会はシャンクシャンでポイントは別のところで組織には諮らずに決めればいいという姿勢とも受け取れる。

  事態に誠実であろうとすれば大会直前に議案を修正する必要性が高いが、その修正は事前の組織協議を経ないという点で真に民主的とはいえず、それをさけるには主要論点外しのシャンシャン大会ということになろう。


2.「大転換期における新たな協同の創造」の捉え方

 @「大転換期」の認識

 大会議案のタイトルは「大転換期における新たな協同の創造~食料・農業・地域への貢献とJA経営の変革~」である。

 まず「環境認識」として「大転換期に突入したJA」とある。その限りでは「JAの大転換期」ということになろう。しかしその前に米国発の金融危機で「米国型の市場原理主義への過度な偏重を見直す動き」ともある。これだと「市場原理主義」の大転換期ということになる。これまでも農協大会は「選択と集中」(23)など新自由主義時代の経営用語を頻発してきたので、その意味では確かに「JAの大転換期」だが、議案には依然として「選択と集中」が使われており、意識の底のところは変わらない。

 また議案は「わが国農業政策は大転換期に直面している」ともいう。これでは「農政の大転換期」ということになるが、その例示が農地制度、基本計画、WTO交渉では世界金融危機に対していささかスケールが小さいし、そもそも農政は価格政策から直接支払い政策への「大転換」を既に果たしているのである。

  要するに「大転換期」の内容・主語が多義的というか曖昧なまま言葉が踊っている。確かに今日は「大転換期」にある。一言で言えば、「アメリカ投資銀行流金融資本主義=日本工業輸出株式会社」のペアと、それに基づく「アメリカの過剰消費とドルの垂れ流し、そのドルを稼いだ日中等のアメリカへの資金環流、アメリカでのバブルと投機」といった世界的インバランスの崩壊である。

  しかしマスコミでもそれを「大転換期」とは言わず、「危機」「恐慌」と表現している。まさに1970年代の変動相場制以降の世界経済の崩壊であり、その再建の目途はいまだたっていない文字通りの「危機」の時代なのである。「大転換期」は危機意識の薄いJA用語といえよう。

  くわえて議案は「大転換期」なるものを「米国発の金融危機に端を発する」ものと捉えていて、後述するようにそれを自らのチャンスと捉えている。しかし「米国発の金融危機」に資金のかなりの部分を提供したのは他ならぬ日本の過剰資本であり、そのまた相当部分は農林中金が海外運用していた農協資金である。その意味で日本の農協は渦中の当事者なのである。しかるに議案には金融危機とそこで中金が果たした役割等の分析は一切ない。無自覚というより敢えて隠した(避けた)のであろう(世界金融経済危機と農協の関連についてはもう一つの受託研究報告「国際金融危機のもとで農協信用事業に求められること」を参照されたい)



A「新たな協同」とは

 ともあれ議案は「大転換期」を「JAの存在意義を改めて世間にアピールするタイミング」と捉え、「国民のアピールしていく」としている。「世間=国民」とはよくいったものだが、言葉尻りを捉えるのは別としても、問題は何をアピールするかだ。それが「新たな協同の創造」のようだ。

 議案では「組合員を中心として、多様な人・組織と多様な方法で連携・ネットワークしていくこと」が全て「協同」で括られている。そのため、農業者間の協同、企業等と農業者・JAの協同、消費者と農業・JAの協同等々、協同が羅列される。

 「きょうどう」にはもちろんいろいろある。共同(collaborateassociate)、協同(cooperate)、協働(co-workco-workerはあるがco-work は和製英語かも知れない)などで、そのなかで協同は文字通りcooperateoperationをともにすることであり、協業する、enterpriseの所有・管理operateを通じて共通目的を追求することである。議案の言う組合員間の農地利用調整はそれ自体は賃貸借関係、債権債務関係であり、サラ金からカネを借りたからといってサラ金業者と「協同」するわけではない。「農商工連携」はまさに「連携」(collaborate)であり、地産地消はそれ自体は売買であり、運動としてはcollaborateco-workだろう。

  何でもかんでも協同ということ自体はたんなる言葉遣いの誤りだが、そこには重要な問題が伏在している。それは協同組合における本来の家族農業経営者同士の協同を「これまでの協同」として、それにことさらに「新しい協同」を対置することで、本来の協同をないがしろにすることである。そして対置される「新しい協同」としては農業法人等との「協同」、地元食品産業・量販店等との「協同」が重視され、そこに経営戦略的な意味をもたせている。何も法人とのcollaborationを否定する気は全くない。それは従来ともフード・システム論等で強調されてきたことであり、ただしフードシステム論では同時にconflict(利害衝突) の面も忘れないのが違うのみである。そのことは法人・企業とのcollaborationがもつ危険な側面を「協同」の名で看過することにもなりかねない。

  行き過ぎた自由競争至上の金融資本主義的な行き方が行き詰まり危機に瀕するかなで、それに対する一つのオールタナティブとして「協同」を対置すること自体は正しい。しかし議案が実質的に言っている「大転換期だから法人企業と連携強化」というのは論理的に飛躍があり、それを協同と言いくるめることは、本来の家族農業経営の協同、それ事業化した農協同組合のアイデンティティ喪失である。


3.農業復権と地域貢献

 @農業復権−どうやって農業所得の増大を図るか

 肝心の農業については「消費者との連携による農業の復権」がテーマに掲げられている。そもそも「農業復権」とは何か。端的に言って、激減している農業所得の回復を図ることのようだ。そのために「消費者の理解による付加価値の拡大と生産段階への配分を拡大すること」だが、生産資材価格の高騰で生産コストの削減は限界に来ているので、「流通段階のコスト削減や国産農畜産物を有利に販売できる仕組みなど食品産業全体を巻きき込んだ販売戦略を構築」するとしている。

  ここにみられるのは、農政と同様に、食料自給率の向上という全国民的課題は投げ捨て、自らの農業所得の増大を追求するという姿勢である。これではタイトルに「消費者との連携」をいくら掲げても、その消費者とは要するに顧客でしかなく、価格転嫁の対象としての消費者でしかない。しかし価格転嫁は不可能なことは、この4月に乳価を`10円値上げしたら途端に消費が20%ダウンしたことにも明瞭である。

 「生産資材価格の高騰」は確かだが、経済事業「改革」にもかかわらず農協の資材価格は依然として割高であり、農業生産法人等は合い見積もりをとって業者に流れている。農協は価格競争で負けているのであり、その根本は全農の価格交渉力の弱さと組織維持に係るコスト高にある。そこを改善せずして農業所得率の増大は望めないだろう。

  しかし議案が強調するのはその方向ではなく販売戦略の方向であり、そのために量販店・流通業者・生協との事業提携、JAグループによる加工事業や外食レストラン経営、輸出促進(国際空港における広報・販促)だが、そのどれもが決め手を欠くなかで最後に登場したのが「農業関連会社に資本参入による連携」である。これまでもコープケミカル、クミアイ化学、雪印等、農協系統の出資例はあるが、「資本参入による提携」とは資本関係から業務提携にまで踏み込むということだろう。

 その点については、第一に、このような動きを前述の「協同」で合理化することは、「協同」のはき違えであり、危険であろう。第二に、業界サイドからすれば、従来のコラボレーションの域を踏み破り、自分達の領域に侵入し、なんでも自前でやろうとする競争強化と映るだろう。第三に、資本との業務提携は自らの身にも跳ね返り、自らの株式会社化にアクセルを踏むことでもあろう。そして最後に、そこまでして果たして農業所得率を高めることができるかが問題である。

  以上、基調についてみてきたが、以下では個々の論点に触れたい。

 第一に、農業政策(要求)が最後に置かれ、しかも内容的にも24回までは第一の柱に据えられていた「食料自給率向上等の政策確立」がすっぽり抜け落ち、代わって「農業所得の増大」が据えられたことは前述したが、関連した農協の政策要求としては「緑」の政策としての「新たな直接支払い制度」が挙げられている。

 「新たな直接支払い」は、前述の「JAグループの基本的な考え方」によれば、農業の多面的機能を発揮するための、農地・水・環境保全向上対策等とは「別」の「新たな直接支払い制度」だという。「緑の政策」というから生産刺激的でないデカップリング型の直接支払いをさすのだろうが(すなわち生産を刺激して自給率を向上することをめざさない)とすれば、米ゲタの要求とも違う。民主党の所得補償制度も「費用と販売価格の差額を基本」とするので「緑の政策」にはならないので、それとも違う。たんに「ゼニをくれ」ではバラマキと批判されるだけだろう。

  どちらかといえば自民党の一部に高まっている「米ゲタ」要求に近いのだろうが、明確な政策要求をとりまとめて政府につきつけるという農業団体としての役割発揮はみられない。

  第二に、24回大会の「政策対象としての担い手の育成」は一段落したようだが、今度は「JAと法人(集落営農組織・農業法人)とのパートナーシップの構築」に異常に力を入れている。あげくは「必要に応じて、法人部会組織代表の役員への登用をすすめる」とまでしている。法人に全農地を利用権設定した者を除き多くの法人メンバーは農地を自家に残しており、農家としても組合員になっている。二重の権利行使のうえに、わざわざ法人組織代表の役員登用(法人経営者に常勤理事は難しいだろうからせいぜい非常勤理事だろうが)となると、理事枠から始まり不当にその比重を高めることになりかねない。

  また相変わらずJA出資法人の設立や今回の農地法改定を見越したJAによる農業経営まで強調している。JA出資法人の多くは、農協の作業受託等の部門の子会社化か集落営農法人への「つばつけ」的な押しかけ出資で、法人側はそれより購販売面の自由を奪われるより運転資金の提供等を強く望んでいるが、関係者はそういう地域の実態をみようとしないで上滑りしている。JAによる農業経営も本当に担い手が枯渇して耕作放棄になりかねないような地域における駆け込み寺としては容認されようが、その時は赤字の「期間と許容される金額を明確に」することはかなわず、とことん守り抜くしかないが、農協経営はそれに耐えられるか。

  家族農業経営を基本にその集落営農(法人化)も含め、地域農業の担い手づくり、地域農業支援を明確にすることがまず求められる。

 その点で、農協陣営は経営所得安定対策により多くの農家をのせるべく「ペーパー集落営農」の設立に走った。悪いのは政策対象を限定する農政の方だが、「ペーパー集落営農」にいつまでもとどめるわけにはいかない。その協業集落営農化に特段の努力が必要である。


 A事業論なき地域貢献論

 JAの総合性の発揮による地域貢献」がテーマであり、美辞麗句がきら星の如くに並べられているが、テーマ設定自体がウソというか欺瞞である。

 協同組合はあくまでenterprise・事業を通じて組合員・地域に貢献することが第一義であり、NPO法人やボランティア、慈善団体として地域活動することではない。しかるに農協系統は既に「経済事業改革指針」(2003)で生活関連事業については、農業関連のような事業利益段階ではなく、純損益段階で3年以上赤字を続けた場合には撤退することとし、拠点型事業を始め撤退や外部化が進んでいる。要するに地域貢献といっても、それし生活関連事業をはじめとする事業展開を通じての地域貢献の道は自ら閉ざしているのである。議案はVで事業別戦略を論じているが、そこでは生活関連事業は見事に落ち、旅行・厚生・葬祭に個別に触れられるだけである。

 とすると残るのは後述する准組合員対策としての運動論的な地域貢献の道だけだろう。それが「JAの総合性の発揮による地域貢献」はウソないし欺瞞とした所以である。「JAの総合性喪失による地域貢献」=運動論である。運動論が悪いというのではない。やりたければやればいいし、それで地域における農協の存在感が高まるに越したことはない。しかしそれは協同組合が事業としてやるべきことをやったうえでの話であり、そういうきれい事に徹したいならNPO法人に切り替え、コミュニティビジネスにでも励めばいいのである。教条的=観念的な農協論研究者にはそういう面を評価する向きが少なくないが、まじめな女性部員等の活力を不燃化させるだけである。

 わずかに事業論として語られているのは介護保健事業であるが、その他にも地域協同組合として事業として取り組むことはたくさんあるのではないか。また事業として取り組んでこそ、地域経済再生の担い手になりうるのではないか。また地域、単協にはその実践例が少なからず蓄積されているのではないか。その点からすれば支所・支店の統廃合等は事業上の拠点を失うに等しい。


4.経営戦略

@減収増益路線から減収減益への転落

  これまでの農協組織再編は、事業総利益が減収になっても、それ以上に事業管理費なかんずく人件費を減らすことによって事業利益や経常利益をプラスにもっていく減収増益路線を追求してきた。前回大会時に既に減収増益路線は行き詰まることを自ら指摘していたが、その路線は踏襲され、ついに2007年度は事業総利益の減少幅の増大と事業管理費圧縮幅の減から事業利益は減少に転じた。恐れていた減収減益への転落が始まったのである。農林中金からの還元金は変えないとしているが、実質的な事業利益の減少幅は増大するだろう。25回大会の「長期にわたる事業量の減少傾向に拍車がかかるとともに、平成の広域合併とその後の経済事業改革や支所・支店統廃合による合理化効果は一巡しつつあるため。JA経営は極めて厳しくなる」という自己認識(だけ)は正確である。

  議案は、組合員等への配当、出資金減、内部留保の過去三カ年平均を確保するための目標利益を1,729億円(07年度並み)とし、それを「目標利益(適正利益)}と置き、それに対して08年度の事業利益を07年度横ばいと仮定して出発し、過去趨勢から計算して2011年度の事業利益を494億円とはじき出し、そのギャップ1235億円を捻出することを至上命令としている。これが25回大会の真のテーマである。

  この計算にはいくつかの難がある。第一に、まず出発点の08年度の事業利益を07年度並みと見ること自体がはなはだ危ない。農林中金の還元金等の減少可能性が否定できないからである。第二に、一方で中金は「経営安定計画」で4年間については現行の還元金水準3,000億円は保証するとしておきながら、計算では「預け金・有価証券利回り低下による運用利ざやの低下」を見込んでいる。総体としての「利回り低下」には還元金の減少もカウントされていると思わざるをえない。第三に、前述の引用のように事業管理費削減の「合理化効果は一巡」としながら事業管理費減は09年度の155億円から2011年度の466億円へと増大している。要するに減収「増益」路線の継続である。

  仮に事業管理費の削減が頭打ちし、信用事業の農林中金からの還元金の減少等を見込めば、2011年度の事業利益494億円の確保は難しく、目標利益とのギャップはさらに拡大することになる。

  いずれにせよ問題は、このギャップを埋める具体的な手だてが大会議案に盛り込まれているかであるが、その点になるとはなはだ心許ない。率直に言えば決め手を欠いている。となると従来の減収増益路線(現実の減収減益路線)の継続となり、その皺は労働者にかぶせるしかなくなる。


A相変わらずの信用・共済事業依存

  決め手を欠くとしたが、それについては「信用・共済事業を収益源に、地域における営農・生活事業や各種活動を戦略的に展開する」としているのには驚いた。先の試算はまさに共済事業も信用事業も趨勢的には総利益の減少幅が増していくことを示していたのではないか。そして今回の世界金融危機はこれまでの農協貯金を中金が海外で運用して還元金を稼ぐという機関投資家的活動そのものの破綻を指し示した。いまなすべきは「信用・共済事業を収益源」にすることではなく、そこからいかに脱却するかである。

BJA・中央会・連合会一体で県域戦略

  今回の決め手らしき経営戦略はこの点である。すなわち「効率化可能な部分については、各JAの枠を超えた効率的な業務運営の仕組みを確立すること」、すなわち「効率化可能な部分」は県域・広域(ブロック)・全国に機能集約していくことであり、県域では営農・経済、信用、管理、人事、広域では営農・経済、共済、全国では信用、共済、管理等について具体例が掲げられている。その個々のものは既に実践に入っているものが多いので詳細は省略する。新たな踏み出しとしては信用事業が多いが、その点は第5章で詳述する。全国段階では営農・経済の項目が落ちているが、全農機能のあり方については農水省の研究会待ちということか。

  さらにご丁寧に「機能・リスク分担等の考え方」が3ケースに分けて提示されている。

ケース1は共通業務の県域・全国一元化(事務処理、農機事業運営)、ケース2JA業務の連合会統合(Aコープ運営の全農子会社移管)、ケース3は勘定・リスク(すなわち事業経営そのもの)を連合会に移転し、JAは事業の受託者として窓口機能・顧客対面機能を担う(さすがに具体例は示していない)、というものである。

 ここでの特徴は、第一に、「各県域で中央会を中心に連合会が事業ごとの…県域戦略プランをとりまとめる」こと、この県域戦略の一環として合併構想を「再度県域として検証」すること、プランの実践は「県内の全てのJAが参加すること」としている点である。後述する農協法改正による全中→中央会→単協への「基本方針」の上意下達が農協事業組織面でも農協自らによってオーソライズされたといえる。

  第二に、同じことだが、その結果として出現するのは、とくにケース3に顕著なように「 JAJAバンク化」である。すなわち個々の単協は信用事業のみならず全ての事業面で、全国連・県連の支店・出店として、マネジメント機能を上部に吸収され末端で対面販売にいそしむフランチャイズド・チェーンのフランチャイザーに位置付けられていくことである。フランチャイザーとは店舗所有権を有するオーナーではあるが、経営面はフランチャイジーのいいなりにならざるをえないコンビニのオーナー店主のことである。


5.組合員・単協組織

@組合員組織

  議案は正組合員基盤の「多様化」、「准組合員比率は上昇の一途をたどっており、23年以内に正・准組合員比率が逆転することも想定される。そのため、JA組織・事業基盤の見直し・強化が求められる」としている。そして冒頭では「農を基軸にした地域に根付く協同組合としての役割発揮」が求められているとしている。端的にいえば地域協同組合化の方向だが、その点について議案全体はいかにも及び腰だ。そもそも組合員組織あっての協同組合だが、議案構成も「組織基盤」はVの経営変革の末尾の方に置かれている。端なくも経営優先の姿勢が露呈しているといわざるをえない。

  内容は正組合員基盤の維持・拡大と准組合員の加入促進であり、前者については24回大会では「政策対象としての担い手」中心だったが、今回は自給的農家や定年帰農者、女性農業者、青年農業者の加入促進をうたっている。そしてここでも「離農者の土地の受け皿として集落営農組織・農業法人の位置づけが上昇」とし、「個別対応力の強化による結びつきの強化・囲い込み」としている。「結びつきの強化」はいいとしても「囲い込み」とは前述のように「つばつけ」の意図が丸見えで、正直といえば正直である。しかしそれは「個別対応力の強化」ではたせるものか。

 准組合員対策も直売所、住宅ローン、総合ポイントなど一通りの手段をあげている。連合会が都市部にアンテナショップを設置して「都市住民の取り込み」を行う、全国連によるネット販売等を念頭に「全国をエリアとするJA設立の可能性」も指摘されている。一つのアイデアではあるが、「地域に根ざした協同組合」のアイデンティティに係わる問題だといえる。

 問題は組合員拡大目標の立て方で、利用事業量も勘案して「准組合員のみで既存正組合員の減少をカバーするために必要な新規准組合員数」100万人としている点である。これでは准組合員対策とはもっぱら正組合員の減少をカバーするという位置づけになってしまう。しかも三カ年での正組合員33万人の減に対して准組合員100万人増は、正准組合員比率の逆転を積極的に促進しようということになる。そうなれば組合員参加を旨とする協同組合として、共益権のみで参加権なき組合員が過半を占める状態を放置としていいのかという問題が当然に出てくる。

 それに対して議案は「中長期的な組合員制度のあり方」を全中を中心に検討するとしている。明日にも正准逆転しかねない状況にあって、果たしてそれは「中長期的」な課題だろうか。農水省としては非農家を正組合員化すれば明らかに地域協同組合化し農水省の単独管轄を外れるから、農協が利用価値がある限り厚労省に譲ることはできない。それが「中長期的」という指示待ち姿勢の所以だろう。「JA将来構想・制度研究会」なるものの報告も引用しているが、「農協法を産業政策上の特別法として位置付けるのであれば、農業者主体のガバナンスは維持すべき」という煮え切らない提言のようだ。現行「農協法を…位置付ける」のではなく、農協の実態と乖離し省益確保に堕した農協法自体を変えることが課題である。ガバナンスを役員構成とすれば、既に一定数の非正組合員の登用は法認されており、それを前提に「農業者主体のガバナンス」は維持されているので、何をか言わんやであり、問題は組合員資格そのものである。


A経営管理委員会制度の考え方

  経営管理委員会制度は結論的に言って農協経営から農業者・非常勤理事を閉め出し「プロ経営者」にまかせて「経営者支配」を貫徹させようとするもので、導入した単協は不祥事を起こして行政の介入を招き、押しつけられて採用したケースがほとんどで、理事会制度に戻すケースまででている。24回大会では「今後の制度・運用のあり方の整理など必要な対応を行います」と、それなりに慎重だったが、今回は「多様な役員による意思反映およびJA運営を可能にすべく、経営管理委員会制度を活用する」と「活用」に踏み切った。その点がこの3年間の大きな変化である。

 その変化の背景を推測すれば、後述するように今後一段と合併を進め、大規模農協化すれば「理事枠の機動的な増枠は困難」なので経営管理委員会方式を導入しようということだろう。それは単協における実践と経験を踏まえての「活用」とはいえない。


Bさらなる単協合併

 議案は既存の「合理化効果は一巡しつつあり、もう一段の合併により規模拡大を追求しない限り、個々のJA単位でのさらなる合理化には限界感あり」と明言している。そしてこの「もう一段の合併」と並べて「県域等を単位とした機能集約による効率化」を掲げている。「もう一段の合併」かそれとも「県域機能統合」かという二者択一ともとれるが、「組織統合による大規模化とその大規模化した単協の県域機能統合化」という二段構えというところだろう。ここには次のような問題がある。

  第一に、「支所・支店統廃合等による合理化」という減収増益路線は行き詰まったはずなのに、その合理化路線の延長上でさらなる大規模化=合理化を図ろうという矛盾である。いわば「毒をもって毒を制する」たぐいの方針である。議案は「総合事業性を発揮するためのJAの健全経営の確立」を唱い、支所・支店、経済センター、渉外体制、活動の場の設定等を通じて「対面機能を充実させ」「地域密着」を図るとしているが、現実にやっているのは、支所・支店の統廃合による金融支店化、営農経済機能のセンター集約による地域離れ、それらのアフターケアとしての「渉外」体制は未確立であり、どこに「対面」機能、「地域密着」の強化があるのだろうか。

  第二に、何をもって「規模」とするかである。その点で「縮刷版」は明確に貯金規模別に集計して(金融)規模が大きくなるほど赤字JAの割合は低下し、労働生産性や事業管理費比率も良好になり、「規模拡大が効率化のカギ」としている(このデータは恐らく何らかの組み替え統計なのだろうが、データの出典も明らかでなく、労働生産性の定義も明らかでない。議案に入れるのは何らかの意味でためらわれたから縮刷版にとどめたのかも知れないが、そういうデータを元に小規模「未」合併農協の圧殺や後述する500億円あるいは2000億円以上への合併を強いられたのではかなわない)

  しかし協同組合の規模指標は貯金額だろうか。本来は「組織力」を示す組合員数だろう。そして『総合農協統計表』の組合員数別の集計では正組合員一人当たりの事業量は表1に示すように、概して組合員規模に反比例する。また事業総利益/職員数を指標とした労働生産性も規模差はほとんどないか多少とも規模に反比例している。なおここで最小規模のパフォーマンスがいい点について北海道が多いといった反論もありうるが、そういう議論はやめた方が良い。そもそも農業に比重をおいた地域の農協ほど、自らの適正規模において農業を中心に据えた事業展開をしておればこその数字なのである。

  それに対して貯金額を規模指標とするのはいうまでもなく銀行だろう。要するに狙われているのは、「JAJAバンク化」でしかない。

   第三に、先の金融規模別のデータを踏まえて、「高度な経営管理体制を確立」するには、「貯金量500億円未満のJAの平均的な管理・内部監査担当職員数で対応することは困難」と断言する。表示されている組合数811 のうち500億円未満は36145%にあたる。これは消えてなくなれということだ。

 また議案作成過程(2月段階)での文書によると「1JA当たりの貯金量を2000億円、販売額を200億円とした場合のJA数」が県ごとに示されている。2000億円以上のJA数は411200億円以上は216、現在の合併構想では397ということだから、目標は400前後ということか。またそこでは「最終的には、多くの県で県域JAか県下一桁JAになる可能性が高い」としている。  24回大会決定は「やむを得ず『11JA』を検討する場合には…」等の表現にも見られるように、1JA構想にはどちらかといえば慎重だった。その態度もまた明らかに変わった。背景はいうまでもなく一段と進む経営危機である。


表 正組合員一人当たり事業高と労働生産性2006

単位:万円

貯金残額

供給取扱高

販売取扱高

事業総利益/職員

500 戸未満

3480

674

1268

924

~  999

2547

185

278

1003

~ 1999

2612

140

198

948

~ 2999

2380

71

99

960

~ 4999

1750

64

79

852

~ 9999

1484

60

76

850

10,000 戸以上

1444

50

67

846

平 均

1613

67

91

866

.農水省『総合農協統計表』による。

 

  議案にはこれまでの合併を「郡単位」をめざしたという後知恵的な指摘も見られる。それが初めからの方針なら同じ合併をするにしてももう少しすっきりした形もありえたが、26回大会には「郡単位から県単位へ」という表現が出るかも知れない。

 果たしてさらなる大規模化で「支店や渉外を軸としたJAの地域に密着した協同事業・活動の展開」が可能なのか。この3年間の経験に照らしてみるまでもないことだろう。減収減益スパイラルからの脱却の道はみえてこないようだ。


6.単協・県連・全国連問題

@問題の所在

 この点が25回大会の経営変革と並ぶもう一つのメインテーマである。問題の局面は4つある。一つは中央会問題、二つは県レベルでの中央会と連合会の連携関係、三つは全中と中金の統合問題、ひいては全国連全体の問題、四つめは単協という協同組合の一次組織と中央会・連合会等の二次組織との関係問題である。これらは相互に絡み合っている。


A中央会問題

 中央会問題は198818回大会の「1,000農協構想」と「事業・組織二段」とともに始まった。合併農協が自己完結性・自己責任制を強めれば、県連機能は当然に縮小する。連合会は共済については2000年に一斉統合し、経済事業も36経済連が全農統合、11JAへの継承が4県になり、信用事業についても8信連が完全統合し、熊本、青森が続いている。手つかずは中央会のみだが、県域の代表調整機能を確保するという名目で、当面は県中を存置しつつそのスリム化が図られてきた。単協や連合会の収支悪化から賦課金の圧縮が求められ、統合連合組織からは統合のまだら状況から賦課金の負担ルールの明確化が求められる。こうして総審等で県中・全中の一体的運営・事業統合により要員2割削減、賦課金削減(19982000年度3%200105年度5%)等の目標が設定され、職員数は県中30%、全中プロパー10%程度が削減され、予算も数%削減された。

  県中の合併統合は法改正を要するが、2005年の総審答申では、少人数県中や11JAの県中について全中との統合も検討すべきという声に対して、簡素な県中を残す事業・経営統合型と支会長の下に運営委員会を置く組織統合型を提起している。

 以上を踏まえ今回の議案は中央会改革として三段階を掲げている。第一は最低限の機能・事業として、農政・対外広報等の代表機能と監査・経営指導・教育機能の強化、第二は全中・県中・単協の全体を通じた機能分担の見直しのなかで、広域的な取り組みの拡大、連合会との一体化、機能移管・集約による機能の高度化・効率化、第三段階は「県を超えた広域連携による機能発揮のあり方について、組織体制の見直しを含め具体的に検討」である。

   第一の点について一つだけ言えば、中央会の実質的に最大の機能は監査機能だが、農協内資格者による監査については財界はもとより公認会計士協会からも「農協の会計に関する監査は、本来公認会計士が行うべきである」という意見が出ている(生源寺眞一編著『これからの農協』農林統計協会、2007年所収の斉藤敦論文)。もちろんこれは「中央会と会計士協会の組織防衛及び職種の問題であり、議論はおそらくいつまでも平行線をたどるだろう」とされているが、最近も公認会計士の不正事件が後を絶たないにもかかわらず、客観的にみてどちらの言い分に正当性があるかは言うまでもなかろう。むしろ大切なのは日本の地方自治体制の一環としての県段階自治に対応した農業団体としての組織代表機能であろう。それが道州制等に対する一つの姿勢にもなる。

 今回の力点は第二段階にあるが、その点は次に述べる。

 第三段階の「将来方向」が何を意味するかは明確でない。法改正まで視野に入れるかどうかかがポイントであり、その点では先の組合員資格問題と同様である。           
 

 

B県域一元指導体制

  さて第二段階についてだが、その根本思想は「中央会の農協法に基づく指導とJAバンクの再編強化法にもとづく指導は基本的には同趣旨」であり、「中央会とJAバンクは、指導の内容・枠組みにおいて一体化をはかる」というものである。

  この中央会・JAバンク一体化を核にして、県域における一体的な指導体制が模索され、連合組織一体型(中央会・連合会が課題を分担したうえでJA 指導対策会議なるものを通じて一体指導)と、中央会一元型(各連合会の指導機能・要員を中央に集約して中央会が一元指導)の二案が提示されている。前者は「JA指導対策会議」がたんなる協議・すりあわせの場に終わるか、一元性を発揮するかで性格が分かれるが、後者だと限りなく中央会一元型に接近するので前者で諦めることになろう。それに対して中央会一元型は全中・県中の悲願だろうが、商売をしない賦課金団体にどれだけの力があるか。中央会一元化の上で、JAバンクに実質牛耳られることにもなろう(JAバンクは農林中金への中央集権制を強めていき、その面からも県レベルを既に超えている)

  この県域一元指導体制と先に4Bでみた「新たな効率的事業運営体制」は、同じことを事業面でいうか指導面でいうかの違いだけだろう。


 

C全中と農林中金のワンフロア化

  全国段階においては「まずは財務基盤強化にかかる指導体制について、全中と農林中金がワンフロアで事務局を協同運営する」。「財務基盤強化」のこれまでの最大の手法は「合併」だった。そして農協規模をめぐっては5Bにみたように信用事業・貯金規模がとられ、「小規模未合併JA対策」にとどまらない「もう一段の合併」が強行されようとしているが、その体制をより強固なものにするための「全中と農林中金のワンフロア化」だろう。

周知のように2004年農協法改正において「中央会相互間の連携の推進に資するため、当該事業方針に関する基本方針」を定め、県中は「基本方針に即して」単協を指導するものとされた。これにより<全中→県中→単協>の一元支配体制が法認されたわけである。2004年という時期状況からして経済事業改革の照準を合わせたものとされているが、その射程はさらに遠く組織再編全体に及ぶ。要するにこれまで中金主導・信用事業主導で行ってきた組織再編を、このような全中の法的にうらづけられた「指導機能」を活用して果敢に追求するものといえる。それは同時に全中そのものが中金の傘下に取り込まれていくことを意味しよう。その意味でも「JAJAバンク化」である。


D二次組織の変貌−補完から指導に−

 本来、協同組合における二次組織(自然人組合員を構成員とする一次組織・単協に対して、その一次組織等を構成員とする二次的・派生的な組織)は、あくまで一次組織の足らざるを補完する立場だと言える。1990年代当初の広域合併の促進に際しても、<単協の大規模化→自己完結・自己責任強化→連合会の補完>という建前だったが、金融危機を契機にJAバンク化のなかでその発想は逆転した。

 25回大会は、法をバックとして、基本方針の下、<全中・中金→県中→県連合会・単協>の上意下達体制を強化していく方向をより明確化した。それは一方で「上」に対して国家権力に密着し、他方で「下」に対して「指導」という名の上位下達体制を強める官製統制団体化の道だろう。


 補論 最近における農政改革論の展開と農協批判


 25回大会議案を分析するに当たり注意を払わなければならないのは、ここ数年、マスコミや出版界等において農協に対する風当たりが強くなってきていることである。この動きは、「減反見直し論」や「農地法改正」などと通底したものと言えることから、今後、「農政改革論」の中で農協改革への圧力として何らかの形で具体化してくることが十分に予測される。そこで、ここでは最近における農協批判について検討しておこう。


(1)山下一仁氏による農協批判

 最近における農協批判の急先鋒として、まず挙げられるのは山下一仁氏である。氏は、今年に入ってだけでも『農協の大罪−「農政トライアングル」が招く日本の食糧不安−』(宝島社新書、2009年1月)と『フードセキュリティ』(日本評論社、2009年3月)という農政・農協批判(改革)に関する著書を出版しているほか、『エコノミスト』誌や日本経済新聞紙上等においてたびたび発言を繰り返している。また、『農協の大罪』については、今年1月の発行からわずか2ヵ月で第4刷まで進んでおり、ことほど左様に反響が大きく、一般読者への影響力は無視できないものとなっている。

 そこで、以下では、氏の農協批判について検討してみよう。氏の農協批判のロジックは、食品の安全性や食料自給率など消費者の関心の高い話題を取り上げることで一般の関心を引きつけながら、“一部の事実”と“言いがかり”を巧みに組み合わせて論理展開することで成り立っている。一般の読者から見れば、関心の高い話題に引きつけられて読み進むうちに、一部の批判的事実に相づちを打ちつつ、いつの間にか著者による“言いがかり”的言い分にも納得させられていくという論理構造となっている。これが、一般読者には刺激的かつ明快で説得力を持つ論理と映ってしまうのであろう。

 しかし、その論理は、必ずしも十分なデータの裏付けや検証を行ったものとは言い難く、個々の論点への言及も十分な掘り下げのないまま論述が積み重ねられていくのが氏の論理展開の特徴と言える。以下、農協を前面に出した批判書である『農協の大罪』(以下、著書@)を中心に、補足的に『フードセキュリティ』(以下、著書A)を利用しながら氏のロジックの問題点を具体的に検討してみよう。

 まず、山下氏が農協に対してどのような改革論を主張しているかを著書@により見てみよう。氏の主張は、@専門農協論(pp.220-221)、A事業分割・縮小論(p.221)、B兼業農家排除論(p.216)の三点に要約できる。第一は、「コメの主業農家による専門農協をJAとは別個に設立することを政策的に支援すべき」として、「一定の規模を満たす農家だけを組合員とすればよい」(著書@p.220)と主張するものである。この場合、農協の区域については「道府県単位でもよいし全国一農協でもかまいません」(pp.220-221)として、相当程度広域的なものを想定している。

 しかし、これはあくまでも既存の農協とは別に新たに設立すべき農協について主張したものである。それでは、既存の農協については何を主張するのか。これが第二の「事業分割・縮小論」であり、これについて次のように主張される。「JAの農産物販売・資材購入事業は大幅な赤字であり、信用事業、特に農林中金の国際業務での利益で埋め合わせるという状況が続いてい」ることから、「JAは信用事業に特化し、農業本来の事業は企業的農業者が自発的に組織したコメなどの専門農協によって実施されるようになれば、農業構造改革の機は熟すのではなない」(p.221)かと。そして、これらの主張の根底にあるのが、第三の兼業農家排除論であり、組合員を「意欲ある農家」(p.221)に限定するというものである。

 山下氏が以上のような主張をする背景には、「農協=悪の枢軸論」とでも言うべき“思い込み”に近い氏独自の考え方が存在する。著書Aの中で、氏は、今日の農業問題を惹起した基本的要因は農協にあることを主張するため、“要”という表現を用いて次のように述べる。一つは、「農業の振興や発展を図るはずだった3つの基本的な制度、『食管制度』『農地制度』『農協制度』が、日本農業の発展を阻んでしまった。その扇の要に農協がある」(p.31)というものであり、いま一つは、「農政トライアングルの要にいるのは農協である」(p.146)というものである。

 前者については、食管制度と農協制度の関連はある程度理解できるものの、農地制度の不備を農協制度と結び付ける見解には無理がある。実際、農地制度の不備が農協とどう関連するのかという点については、農地管理事業団法案に関連して「農協も非協力的な態度をとり続けた」(p.59)との指摘しかなく、これが同法案の二度にわたる廃案とどのように関連するのかについては何ら述べられていない。にもかかわらず、「日本農業の発展を阻んだ」「3つの基本的な制度」の“要”として農協を位置づけようとするのは、論拠が不十分であり言いがかりとしか言いようがない。

 後者については、農協を「農政トライアングルの要」と位置づけるものであり、氏の思想体系の根幹となっている部分である。ここで言う「農政トライアングル」とは、農協−自民党−農水省という三者の繋がりを指し、このトライアングルこそが日本農業の発展を阻んできたとして批判対象としているのである。そして、このようなトライアングルが形成された要因が農協にあるとして、農協が「悪の枢軸」に仕立て上げられているわけである。

 氏は、なぜそのように考えるのか。氏の問題意識は、いかに「強い農業を築くか」という点にあるように思われるが、氏の描く「強い農業」とは、農業基本法で描かれたそれと軌を一にしており、この基本法農政を挫折に導いた責任が農協にあると考えているのである。では、氏が考える基本法農政の失敗の要因は、どのようなものか。それは、米の需要が低下しつつあるにもかかわらず高米価を維持したことが政策の失敗であり、この結果、農業構造改革は進まず農家の兼業化を促す結果となったのであり、この高米価を実現させたのが農協の政治力によるものとしている。農協がそのような圧力をかけるのは、高米価を維持し、兼業農家を温存することが食管制度と結び付いた農協事業の安定化に寄与するものと考えているからであり、氏の考える農協は、「農業を犠牲にすることで」(p.54)利益を守ったと捉えているのである。それだけに、「美しかった」(p.34)と高らかに持ち上げる農業基本法を挫折に導いた農協は許されざる存在というレッテルを貼られることになり、自ずと批判のボルテージは上がる一方である。

 しかし、前述した通り、氏の論理展開は“一部の事実”と“言いがかり”を巧みに組み合わせていることに特徴がある。ここまで見てきたことは、主として後者に該当するが、さらに付け加えておきたいことは次の二点である。一つは、氏独自の「兼業農家論」についてである。氏の農協批判は、詰まるところ兼業農家を温存させていることに対する批判とも言える。これは、氏の“兼業農家嫌い”に起因するものであるが、それは、氏が認識する兼業農家像が極めて単純なものに過ぎないことに基づいている。それは、「農地の転用で・・・・莫大な利益を得」(p.169)ており、「今や裕福な小地主になっている」(p.107)というものである。また、「零細な兼業農家のほうが専業農家よりも高い所得を上げ、かつ専業農家の規模拡大による所得増加を妨害し、また、土日農業のために、手間暇かけない農薬・化学肥料多投の農業を実施している」(p.101)というものである。ここに見られるのは、「兼業農家=裕福論」であり、兼業農家こそ農業構造変革を阻害する諸悪の根源とする、かつて1980年代半ばにもてはやされた大前研一氏や叶芳和氏らの主張を彷彿とさせるものである。兼業農家の大半が、高地価のもとでの転用期待を抱く小地主と化しているかのように描いたり、高所得層として位置づける見解がいかに実態とかけ離れたものであるかは、あらためて指摘するまでもないだろう。

 そして、“言いがかり”的論述に関わってもう一つ指摘しておきたいことは、氏の農協批判は、「農協」という一言で農協組織全体を全否定してしまうことに加え、その歴史的根拠を「農業会の衣替えに終わった」(p.71)ことにのみ求めていることである。戦後農協が農業会から物的・人的遺産の一部を引き継いだことは事実であるにせよ、だからと言って農業会の性格がそのまま戦後に継承され、今日の農協の体質につながっているとするのは性急であろう。なぜなら、戦後農協には、農地改革を経て創出された自作農による熱気に支えられ、戦前とは異なる民主的農協を設立しようとする動きが存在したことは見落としてはならない事実だからである。また、満川元親著『戦後農業団体発展史』(明文書房、1974年)によれば、設立当初の単協の役員構成において、農業会役員経験者の比率が著しく減少したという調査結果が紹介されており(pp.144-146)、新しい農協を作り上げようとする機運が役員構成にも変化を与えたことが示されている。このように、戦後農協の性格を、農業会との関連だけで規定してしまうのは一面的だと言える。

 この点では、戦後農協の画期は、「ドッジ不況」にあったと見るべきであろう。この時期、新生農協の多くが経営不振に陥り、この対策として「農林漁業組合再建整備法」「農林漁業組合連合会整備促進法」などの法整備が行われ、戦後農協の事業方式の基盤が形成された。さらに、農協法改正にともない1954年から55年にかけて都道府県および全国段階に農協中央会が設立され、農林省からのコントロールを受けやすい組織体制が整備されたと言える。山下氏は、「農水省は農林族議員を通じて農協に間接支配されてきた」(p.6)としているが、実際の力関係はむしろ逆であったと見るべきではなかろうか。氏も認める通り、戦後農協は再建整備以降、「行政の下請け機関」としての性格が色濃くなってきたと見ることができるし、とりわけ、近年においては農協再編の基本方針が農水省の意向に添うかたちで決められてきている現実を見る限り、このような印象は禁じ得ない。

 このように、山下氏の農協批判には、多分に言いがかり的な言い分が含まれているのであるが、“一部の事実”が適当に混合されることで真実味を増す効果を与えていることは忘れてはならない。この点では、全て農協側の責任に帰すことができない問題であるにせよ、農協側にも揚げ足を取られやすい弱みがあったことは、真摯に受け止めなければならないであろう。例えば、食管制度と農協事業とのつながり、「米肥農協」と言われる体質の中で有機農業や流通構造の多様化など新たな動向への対応が遅れたこと、農協事業の信用・共済事業への依存体質、貯貸率の低さと農林中金によるハイリスクによる運用、リーマンショック後の金融危機と農林中金の損失計上など、今まさに直面している課題でもあり、山下氏の指摘を待つまでもなく取り組んでいかなければならない課題である。


(2)大泉一貫氏による農協批判

 次に、大泉一貫氏の論文「農協、族議員の利権『減反』を廃して農業を強化せよ」(『WEDGE20095月号(株式会社ウェッジ)について取り上げる。大泉氏の論理展開は、山下氏のものとほぼ同様であるが、内閣府規制改革会議専門委員を務めていることから、政府の農政改革への影響力が大きい点では注意が必要である。

 山下氏の場合もそうであるが、大泉氏においても、問題の焦点は農業構造改革にあり、これを阻害する要因として減反政策を位置づけるとともに、減反廃止論に反対する農協を批判するという構図になっている。氏が減反廃止を主張する背景には、「減反はいうまでもなく米の価格を維持するためのカルテル」であり、「それ(米価維持−引用者)が農政の最優先課題とされ他の政策を縛り農政をゆがめている」(p.8)との認識がある。そして、減反への取り組みを政府融資の条件に加えたり、「地域同調圧力」(p.9)を利用して減反を強制することにより、「我が国の農政は、市場で活躍する農家ではなく、減反に参加する農家をまともな農業者として育成してきた」(p.9)と主張する。

 そして、こうした農政をもたらしたのは、「農協が自らの政治力を最大限駆使し、米価維持、減反強化を譲らないから」であり、「減反問題の本質は全農・農協問題といってもいいすぎではない」(p.9)と位置づけている。

 そのうえで、大泉氏が特に農協批判として言及しているのは次の二点である。第一に、「農協ビジネス」のあり方についてである。この中では、「農協、特に全農のコメビジネスは、農家の委託を受けて卸等へ販売し、手数料を得るというもの」(p.9)であるとして手数料主義に批判を加え、これが米価維持圧力をもたらす一因であるとする。さらに、「コメを農協に出荷すると農協口座が確実に利用される。転作に関わる補助金も農協口座が多くの場合利用される」(p.9)ことを指摘したうえで、「米価維持と減反に関わる様々な補助金は今や農協ビジネスになくてはならない収入源ということだ」(p.10)が、この仕組みは破綻を来しているとしている。

 第二の批判点は、自民党農林族議員と農協との密接な関係についてである。これについては、「農林族議員と農業団体が一体となって政府官僚を動かす構造は、農業、特にコメでは露骨で根強いものがある」、「農協には、政治的中立性の確保や説明責任を果たし、透明性を確保する措置が必要となる」(p.10)と論じられるが、これは山下氏のいう「農政トライアングル」と同じ指摘と言って良いだろう。

 以上の通り、農業構造改革の進まない要因として米価維持圧力を挙げ、これを推進する“悪の枢軸”として農協を位置づけるという大泉氏の主張は、基本的な部分で山下氏のそれと違いはない。したがって、氏のロジックの問題点については山下氏のところで指摘したことに付け加えることはないが、こうした批判が今後、具体的な形で農協に突きつけられてくることは覚悟しなければならないだろう。

第2章 「消費者との連携による農業の復権」の特徴と課題

1.農政従属型に終始する政策要求

@反映されない農業現場の危機的な状況

 本章は、議案の第1章「消費者との連携による農業の復権」について検討する。具体策は@新たな生産・販売戦略による農業所得の増大、A農地活用と担い手支援による自給力の強化、B消費者と生産者を結ぶ安全・安心ネットワークの構築、C国民合意のもとでの農業政策の実現――の4項目から成っている。議案は冒頭のJAを取り巻く「環境認識」の項で「協同組合理念に基づく事業・活動が再評価される環境が醸成されつつあるといえ、JAの存在意義を改めて世間にアピールするタイミングといえる」(p.1)と打って出る構えを見せているが、議案1章の具体策は次の2つの理由から「世間にアピール」する迫力はなく、農業現場の危機的状況を反映したものとなっていない。

 最大の理由は、前章で示した「JA経営の急激な悪化」にある。先の「環境認識」の項で「『地域農業の振興』と『くらしの活動などの地域貢献』を両軸として、JAの存在意義を組合員・地域住民に再認識してもらうとともに、広く国民にアピールしていくことが重要であり、そのためにも『JA経営の健全性・堅確性の確保』を必須の課題として取り組んでいく必要がある」(p.1)と、その実情を吐露している。つまり、言葉を補って言い換えれば、JAは協同の力を発揮して、地域農業の振興や地域貢献のために先頭に立って活動し、その存在意義をアピールしなければならない「大転換期に突入した」が、JAの経営基盤がしっかりしていなくてはそれが出来ないので、まずは経営の健全性確保に全力をあげるべし−というところか。

 もう一つの理由は、農政との関係である。農水省は来年3月に向けて食料・農業・農村基本計画の改訂作業を進めている。さらに、官邸主導の農政改革関係閣僚会合(6大臣会合)は、米の生産調整に選択制を導入するなどの改革案をぶちあげ、WTOドーハ・ラウンド決着後の国内対策を念頭に置いた農政改革の渦中にある。過去3回の議案は、2000年の22回大会では「JAバンク化」、2003年の23回大会では「経済事業改革」、2006年の24回大会では「品目横断的経営安定対策の導入に伴う政策対象の担い手育成」がメインテーマとなっており、農政推進上の課題にJAが応えるという受け身の課題を盛り込んだ議案になっている。今回も基本計画が改訂された段階で、新計画に盛り込んだ農政課題を推進するための具体策が要請されることになろうが、現時点では農政からの要請が具体的になっておらず、明確に打ち出せなかったのではないか。

 JAグループは25回大会の議案とは別に、「新たな食料・農業・農村基本計画の策定に向けたJAグループの基本的な考え方について」(以下「基本計画討議案」とする)の組織討議を行っている。新基本計画の策定に向けての政策要求は夏までには取りまとめて、8月の来年度予算概算要求に向けて、政府与党に働きかけると同時に、議案にも反映していくことにしている。しかし、基本計画討議案でも、「農業所得の増大」を政策要求の前面に出し、新たな直接支払い制度等の確立や生産調整メリットの充実などを重点に掲げているが、その意図する範囲は6大臣会合が4月17日に決定した「農政改革の検討方向」の枠内におさまっている。

A所得増大が前面に出て霞む自給率向上

 基本計画討議案は「はじめに」の項で、食料・農業・農村をめぐる環境変化を「世界的な食料需給の構造的な逼迫への転換による食料の安定供給が懸念されていることに加えて、米国サブプライムローン問題に端を発した100年に1回と言われる世界的な大不況により、原油・肥料・飼料価格の高騰とこれを価格転嫁できないことによる農業経営の悪化、都市と農村の格差拡大など劇的に変化」「あわせて『食料・農業・農村基本法』のもとで、国際化の進展や市場原理主義と規制緩和の拡大等により、農業生産額と農業所得は激減しており、わが国の農業・農村の現場は危機的な状況」と分析している。

 しかし、直面している農業・農村の危機的状況をどのようにして克服するか、農政にどんな政策を要求するのか、迫力がない。農水省が昨年12月2日に新基本計画を策定するにあたって発表した文書の中で、10年後に食料自給率50%(カロリーベース)を目指すことを宣言しているためか、基本計画討議案には「食料の増産と食料自給率目標50%を実現することが国民全体の緊急かつ重要課題である」と記述している。むしろ、より重要な組織文書である議案で「政策目標を50%に設定して、食料自給率を引き上げるべき」と堂々と主張すべきだが、なぜか1行も見当たらない。

 基本計画討議案が最重要課題としているのは、やはり農業生産額の拡大と農業所得を増大する政策の確立である。自給率向上には直接結びつかない花卉などの生産も農業所得増大のためには緊急課題だとして「国民からは食料自給率目標の実現が期待されているが、農業所得が激減している生産現場の視点からすれば、まずは畜産・野菜・花卉など、カロリー自給率が低くても生産を拡大して所得を増大することが緊急の課題であり、農業生産額の拡大と農業所得の増大を実現する政策が重要」(基本計画討議案p.12)と、10年後を目指した農業生産額と農業所得の目標値設定を農政に求めている。

 世界的な食料需給構造の変化や食料安全保障政策の重要性を説いた議案冒頭の環境認識は、どこへいってしまったのだろうか。カロリーベースで60%もの食料を海外に依存していて危険だから、国産農産物への期待を高めている国民世論の追い風を受け、消費者と手を携えて、いまこそ、地域農業を再建するタイミングではなかったのか。当然、畜産や花卉・園芸の振興も欠かせないが、農業者の当面の所得増大だけを前面に押し出した政策要求はあまりにも自己中心的であり、「消費者との連携による農業の復権」に国民合意が得られるか疑問としなければならない。

 JAグループと政府は、農業振興を要求する側と要求される側という関係にあるが、6大臣会合の「農政改革の検討方向」にも同じ趣旨の記述がある。検討項目の「農業所得の増大」の項で「体質強化等を通じた農業所得(農業純生産)の増大を実現する方向で検討を行う」としており、検討項目の6番目に格下げされた「食料自給力問題」(「食料自給力」とは新しい概念で国内農業の「食料供給力」をいい、農地・農業用水等の農業資源、担い手、技術で構成され、これらを確保していれば、現状の食料自給率が低くても大丈夫だとする論)の項で「現在、農林水産省においては、食料自給率目標について、カロリーベースの数値を中心的な概念とし、野菜、果樹、畜産の生産力を加味する観点から、金額ベースの数値も併用している。近年、世界的な食料需給のひっ迫が懸念される中で、国民への食料の安定的供給のためには、どのような政策目標を設定することが適切かということについて、幅広い観点から改めて検討する」と記述、食料自給率を政策目標とすることに消極的な姿勢を示している。JAグループの基本計画討議案と6大臣会合の「農政改革の検討方向」は、農業所得の増大を第一義的に考え、食料自給率向上を二の次とした点でみごとに符合しており、まさに「農政従属型」の運動方針と言うよりほかはない。

BWTO後を先取りした危険な農政改革

 政権与党は農政改革を当面の重要課題に位置付けている。一つは農水省が食料・農業・農村政策審議会企画部会(部会長=鈴木宣弘東大教授)に諮っている現行基本計画の改訂作業であり、もう一つは前述の6大臣会合(農政改革担当大臣=石破茂農相)で、そのもとで具体的に作業を進めている農政改革特命チーム(チーム長=針原寿朗農水省総括審議官、6省庁の官僚と3人の学識者で構成)である。自民党の農業基本政策委員会(委員長=西川公也衆院議員)も「当面する農業振興政策について―むら・もり・はまの賑わいの実現に向けて」と題する農政改革を検討している。

 農水省、官邸、自民党の3者はそれぞれ役割分担している。6大臣会合は8月上中旬に「農政改革の基本方向に関する中間取りまとめ」を行い、実施を急ぐ事項は8月末の来年度予算概算要求に反映させることにしている。基本計画を審議している企画部会は、6大臣会合の「中間取りまとめ」を受けて夏以降に本格的な議論を行い、来年3月に答申する予定。党の基本政策委員会は、総選挙を目前にして民主党が提案している農山漁村再生法案(農業者戸別所得補償法案)を意識した自民党のマニフェストづくりが当面の課題で、米の生産調整をどう盛り込むかを目玉に6大臣会合と調整を急いでいる。

 経済界も「生産調整の見直し」を求めている。2月3日に開いた経済財政諮問会議(議長=麻生太郎首相)で、財界を中心にした有識者議員が「生産調整のあり方を見直し、米にまつわる各種補助金を整理・集中化、国産・輸入を通じた総合的な穀物政策の構築」を説き、「米の消費者価格と生産者の収入を切り離し、前者については原則として市場に任せる一方、農業経営体の水田経営による所得は安定化させる仕組み」の検討を求めた。日本経団連(会長=御手洗冨士夫キャノン会長)は、3月17日に農政提言「わが国の総合的な食料供給力強化に向けた提言」を発表、その中で経済財政諮問会議の前記提案を紹介、米政策の「最終的な姿」として賛意を表明するなど連携プレーを演じている。

 政財界は一体で農政改革の突破口に「生産調整の見直し」を位置付けている。財界が要求した「企業の農業参入」を促進する農地法の抜本改正案は今国会で成立する見通しにあり、残る財界の要求はWTO、経済連携協定(EPA)を着実に前進させることにある。韓国に米国やEUとの自由貿易協定(FTA)で先を越されたことを重大視、「農業の市場開放が壁」と焦る構図が積極的に農政改革を推進する背景にある。

 WTO交渉は昨年7月に決裂したままだが、農業交渉議長案を受諾することになれば110万dを超えるミニマム・アクセス米(MA米)がなだれ込んでくる。このMA米は国内消費量の1.5か月分に相当する。4割を超える水田で生産調整をしながら、MA米をどう扱ったらいいのか。水田農業はいま厳しい剣ヶ峰に立たされているが、議案はこうした財界の農業攻撃から目をそらしてしまっている。

2.所得増大と農地法改正への対処

@半減した農業純生産をどう取り戻すか

 議案で最初に掲げられている政策は「新たな生産・販売戦略による農業所得の増大」である。農業所得の総額に相当する農業純生産〔農業産出額−減価償却費や肥料、農薬代などの物的経費+経常補助金〕は、牛肉・オレンジが自由化された1991年の6兆1,000億円から、現行の基本計画がスタートした2006年には3兆2,000億円まで減っており、15年間で半減している。

 特に、米価の下落が激しい。農業生産額でみると1985年の米の生産額は4兆2億円だったが、21年後の2006年にはわずかに1兆8,919億円しかなく、減少率はなんと半分以下の52.7%に達している。同じ期間の農業総生産額は137,009億円から9兆6,542億円と約3割減少している。これでは農業・農村に元気が出るはずもなく、後継者や担い手は育たない。何としても、農業所得の増大を図り、農業・農村に元気を取り戻したい−とする25回大会を迎えるJAグループの決意はよくわかる。

 しかし、議案は農業所得がなぜここまで低落したかについてその原因分析に迫っていない。農業所得は〔生産量×価格−コスト〕であるが、生産量、価格とも市場開放政策によって海外から安い農産物が大量に輸入され、生産縮小が余儀なくされ、価格も低落した結果である。一方、コストは原油、農業機械、肥料、飼料とも上昇しているのが実態である。農業所得が毎年減少を続けているにもかかわらず、政府はWTO合意による国際ルールだとして農業助成金(国内支持削減が必要な「黄の政策」)を削減してきた。農水省のまとめによると、日本は農政改革を繰り返し2006年時点で農業助成金は約束水準に比べて86%も余計に削減してしまっている。欧米とも約束水準より多く削減しているものの、米国は2005年時点で32%、EUは2003年時点で54%の割合にとどまっている。つまり、日本は欧米に比べて農業保護削減の「優等生」になってしまっている。

A生産コスト補償の政策要求を強力に

 農水省の食料・農業・農村政策審議会企画部会の部会長を務める鈴木宣弘氏(東京大学大学院教授)は、今年1月に名古屋市で開いた講演会で農業所得に占める政府支払いの日米欧比較について言及している。「(農業所得に占める日本の政府支払いは)農林水産省が最近試算した数字では15.6%という数字が出ています。15.6%という数字は、アメリカの66%とか、フランスの77%とかいう数字に比べてはるかに少ないわけです」「欧米は政府による価格支持をやめて直接支払いに変えていると言われますが、これは間違いだと思います。価格支持も残しています。その価格支持を低くして、その損失部分を直接支払いに置き換えているのです。本当に政府の買い取り価格や価格支持をやめたのは、世界中で日本だけです。最低限のセーフティーネットの下支えをやめて、他のシステムで補填しようとしていますが、その効果が不十分なうちにどんどん価格が下がり、農家が疲弊しているのが日本の特徴です」と述べ、1993年にウルグアイ・ラウンド合意を受諾して以降、WTOの国際ルールを錦の御旗に、繰り返し農業合理化を進めてきた「農政改革」という名の失政を明確に指弾している。

 農水省が2007年度に導入した政策対象の担い手を絞った水田・畑作経営所得安定対策(品目横断的経営安定対策)は、いまなお不評である。それまで価格政策として機能してきた稲作所得基盤確保対策や担い手経営安定対策、麦作経営安定資金、大豆交付金などがWTO協定上の「黄の政策」(削減対象の国内支持)にあたるとしてすべて廃止され、日本型直接支払い政策が登場した。生産条件不利補正交付金の7割は過去(2004年〜2006年平均)の生産実績に基づく固定支払い(緑ゲタ)と、残りの3割は各年の生産量・品質に基づく成績払い(黄ゲタ)となっている。当該年に作付けなくても支払われる緑ゲタは食料自給率の向上が急務の日本にとってブレーキ政策となり、成績払いの黄ゲタも旧制度並みの支払い額でしかなく、高収量を実現している農家ほど旧制度に比べて農家手取りは目減りしており、制度改善を要求する農家の声は切実だ。

 水田・畑作経営所得安定対策で生産条件不利補正交付金の対象となっている作物は麦、大豆、てん菜、でんぷん用バレイショの4品目で、米は対象となっていない。米は販売価格が基準価格を下回った場合に支払われる収入減少影響緩和交付金(ナラシ、生産者と政府が1対3の割合で積み立てた積立金の範囲内での支払い)の対象になっている。このナラシの基準価格を過去5年間の市場価格の最高・最低年を除いた3年の平均価格としているため、米価が下落すると基準価格が毎年下がり、補てん額も減少してしまうという誠に心もとない所得補てんの仕組みになっている。

 議案はこうした制度的欠陥を改善するため「万全な経営安定対策の確立に向けた取り組みを展開します」「『緑』の政策について、国民理解を得ることができる政策として、新たな直接支払い制度の確立を目指します」(p.22)と触れてはいるが、どこをどう改善して万全な経営安定対策とするのか、改善事項を具体的に示した明確な政策要求になっていない。また、新たな直接支払い制度の確立も「緑の政策」(生産刺激的でないデカップリング型)にこだわっていては食料増産に結びつかず、自給率向上には寄与できない。鈴木宣弘東大教授が指摘するように、WTOルールに従ったとしても価格政策(「黄の政策」)を全廃する必要は全くなく、生産コストから算出した最低価格補償(セーフティーネット、岩盤対策)を明確に要求すべきである。総選挙を控え各政党がさまざまな形で所得補償政策の拡充案を提起、論議が高まっている折だからこそ、政治的にも制度改善要求のチャンスである。

B出資戦略で株式会社化強める販売事業

 議案は農業所得を増大させる手法として「新たな生産・販売戦略による農業所得の増大」の項で「消費者の理解による付加価値の拡大と生産段階への配分を拡大する必要があり、流通各段階のコスト削減や国産農産物を有利に販売できる仕組みなど食品関連産業全体を巻き込んだ販売戦略を構築する」(p.6)とJAグループ自らの取り組みを提起している。具体的には、生産者が農産物を食品の原材料としてだけ出荷するのではなく、加工するなど付加価値をつけて高く売る工夫や流通コストを削減して生産者側の取り分を増やそうと言うものである。

 産業連関表によって食料の生産から流通、消費に至るフードシステムの全体像をみると、飲食費の最終消費支出は73.6兆円(2005年)あるにもかかわらず、生産段階での生産額は10.6兆円で、飲食費の最終消費支出に占める取り分比率は14.4%しかない。この中から輸入食品を除いた食用農水産物の国内生産額は9.4兆円で、最終消費支出に占める割合は12.8%である。また、最終消費支出額の73.6兆円の内訳は、外食20.9兆円(最終消費支出額に占める割合は28.5%)、加工品39.1兆円(同53.2%)、生鮮品13.5兆円(同18.4%)となっている。加工品と外食をあわせた最終消費支出に占める割合は81.7%で8割を超え、フードシステム全体の中で製造・加工や流通、飲食店でのサービス提供などで付加価値をいかに高めているかが判る。JAも農業所得の増大を狙って「JAグループによる加工事業や外食レストラン経営などを含め、生産から最終消費まで含めた食品産業全体を巻き込んだネットワークを確立します」(p.18)としているが、不況下で低価格志向になっている最近の消費動向を視野に入れず、自ら川下進出するだけでは縮小する農業総生産額のパイを農業関連産業や食品産業と奪い合うだけに終わりはしないか危惧される。

 議案には農商工連携の強化について特筆すべき記述がある。その1つは、地元企業との関係強化で「JA・連合会は、農業と地元企業等とを結びつけるコーディネート機能を積極的に発揮します。そのため、JAとして地元商工会議所に入会するなど地元経済界との関係を強化します。また、営農指導による生産体制を確保するとともに、JAグループの総合力を発揮し、地元企業への融資機能の強化や保障機能の提供、出資等を行い、関係を強化していきます」(p.16)との戦略を披歴している。

 もう一つは、流通企業や食品産業との連携強化策として「流通規制の緩和などにより、食品関連産業の影響力が年々拡大し、農業への分配率が年々低下しているなかで、JAグループは、販売の多角化や付加価値の増大と流通コスト削減、購買品価格引下げ、農商工連携の推進等の観点から、農業関連株式会社に対する資本参入による連携の拡大等に取り組み、また、農商工連携を一層すすめるため融資による関係強化に取り組みます」(p.18)と、農水省と経産省が進めている農商工連携の機運に乗って、地元企業や農業関連企業との提携関係を強化するため、出資や融資を積極的に行う方向に踏み出している。

 つまり、大手量販店等が優良産地や優良農家の囲い込みを加速しており、JAグループはこれらの流通業者や食品産業に対して融資や出資を行って結びつきを強化しようとの戦略である。出資や融資などの資本力をもって農業関連産業と支配関係を強める方向は、議案が「協同組合理念に基づく事業・活動が再評価される環境が醸成されつつある」(p.1)とし、メインテーマに「新たな協同の創造」を打ち出した大会理念に適合するのかどうか吟味しなければならない。

 JAはここ数年、経営環境が厳しくなる中で事業・組織再編(リストラ)を行い、赤字のAコープ等の生活関連事業や物流などの経済事業について外部委託(外部化)や株式会社化をすすめてきた。市場原理主義に過度に偏重した新自由主義経済の破たんを受けて、株式会社化の方向を強めたこれまでの農協経営のあり方を見直し、新たな協同の創造によって「協同組合らしさ」を取り戻そうとするのが25回大会で強調すべきテーマではなかったのか。

C家族経営を基本に地域農業ビジョンを

 農地法改正により一般企業の農業参入が相次ぐことが予想され、地域農業は競争が激化し、JA事業にも深刻な影響が考えられる。このため、議案はJAが主体になって農地を有効活用する取り組みを強化するよう訴えている。特に、JAが農地の利用調整事業に積極的に関わり、集落営農組織、農業生産法人、担い手などに農地を面的に集積する役割の発揮を強調している。今回の農地法改正は、制度の基本を「所有」から「利用」に再構築する抜本改正である。改正のポイントは3つあり、@農地転用規制の厳格化、A貸借を通じた農地の有効利用、B農地の面的集積の促進−である。

 前回の24回大会は、水田・畑作経営所得安定対策が対象とする担い手をいかに育成・支援するかが大きなポイントだった。25回大会の議案も農地法改正を契機としているが、認定農業者、集落営農組織、農業生産法人等の担い手支援をJAの営農指導事業の重点にしていることは前回大会と同様である。具体的には、契約生産や委託販売以外の販売ルートの拡大、生産資材の大口向け一括購入条件等の提示、金融・共済メニューの提案など、多彩な事業で担い手支援を強化することにしている。さらに「JAと法人(集落営農組織・農業法人)とのパートナーシップの構築」の項では、「JAは、法人の組合員加入を促進するとともに、法人部会等組織化をすすめ、意思を反映していきます。また必要に応じて、法人部会組織代表の役員への登用をすすめます」(p.10)と提起、法人代表のJA役員への登用を促すなど法人をJA事業に取り込むことに意を注ぎ、農政が進める水田・畑作経営所得安定対策での「法人化の推進」を積極的にサポートしている。

 一方で議案は「地域を担う多様な担い手の支援」の項を起こして「小規模農家、兼業農家、中山間地域等の農家については、地域農業、文化、生活維持のために重要な役割を有しており、そのニーズに応じて、共販の強化、直売所への出荷の組織的対応など、こうした多様な農家をJA事業の中核に位置づけ、引き続き支援していく」(p.8)と書き込んでいる。水田・畑作経営所得安定対策が対象とする絞り込んだ担い手以外の小規模農家、自給的農家に配慮した意識的な記述である。農政が政策対象とした絞り込んだ担い手と、JA事業を中核的に担う多様な農家層とは違って当然である。しかしJAの支援としては、小規模・自給的農家には「直売所を軸とした生きがいと収入の確保」、定年帰農者・趣味的農家には「農業機会の提供・支援、市民農園等」しか提案しておらず、あくまでも「農地の出し手」としてしか扱っておらずバランスを欠いている。

 農政が目標とする2015年までに全農地の7〜8割を担い手に集積したあかつきには、農地の出し手である農地所有者が地域に定住するための所得はどのように確保するのか、集落機能が限られた担い手だけで維持できるのか−など多様な地域住民を巻き込んだ地域づくりの工夫が欠かせない。農政が政策対象とする一部の限られた担い手だけでは、多様な農家が定住することによって維持されている農業・農村の多面的機能を守りきれず、祭りや伝統的な行事など文化的遺産さえも継承できない。農協は小規模農家や兼業農家を「JA事業の中核」に位置付けしている以上、例えば、畦畔の草刈り・水管理やファーマーズ・マーケットなど直販活動では主役と位置付け、家族経営を基本にした地域農業ビジョンを描く必要がある。

 また、農地法改正により総会の特別決議があれば農協本体による農業経営が可能になるが、議案は「地域農業の振興は、組合員農家が行うことが基本」として積極的にはすすめていない。「農地の受け手である担い手が十分確保できない地域では、JA出資型法人に加えて、選択肢の一つとして、JA本体による農地管理・農業経営が考えられる」(p.12)と、赤字経営などでJA本体の経営に影響がないよう区分経理を明確にするなどの「JAの農業経営にかかる4原則」(案)を提案している。JA事業が組合員農家と競合するのを避けるのは当然であるが、農地の受け手が確保できない地域でも集落営農の組織化、JA出資型法人の設立に全力を尽くすのがJA事業としての道筋である。

3.農家要求を事業の原点にまとめ)

@農家が一番望む農協事業は販売力強化

 JAが地域農業の司令塔であり、農家組合員から信頼を得て「新たな協同」を創造していくには、組合員の要求をJA事業の原点とする必要がある。農家がJAに一番期待している事業は「販売力の強化」であることを示す調査結果が最近発表された。

 農水省が今年3月まとめた「農協の経済事業に関する意識・意向調査」で、昨年7月に農業者モニター2,500人を対象に調査し、2,102人が回答している。JA事業のうち、今後最も強化して欲しい事業についてたずねたところ、「農業技術や経営などの指導(営農指導事業)」が最も高い割合37.4%で、次いで「農畜産物の集荷・販売(販売事業)」が32.7%、「肥料・農薬・農業機械などの農業生産資材の供給(購買事業)」が19.9%、「貯金の受け入れや資金の貸付け(信用事業)」が4.3%、「生命共済や自動車共済などの提供(共済事業)」0.4%、となっている。信用・共済事業が農協経営の柱になっているとは言え、同事業を強化して欲しいとの組合員の意向は少なく、営農指導や販売・購買などの経済事業に力点を置くべきだとの声が圧倒的に多い。

 23回大会で「経済事業改革」を掲げ、24回大会では「担い手に出向く営農指導体制」の確立を決議するなど、JAは渉外活動の強化に取り組んできたはずだった。ところが同調査で、最近2、3年における営農指導員や渉外担当者の訪問相談(貯金や共済の推進は除く)の頻度をたずねたところ、「減ったと思う」と答えた人が29.5%で約3割に達し、「増えたと思う」は8.8%しかなく、JAの営農指導事業はまだ不足しており、農家組合員の期待に応えられていない実態を浮き彫りにしている。

 さらに同調査はJAの集荷や販売事業に何を期待するかを具体的にたずねている。それによると「販売力の強化」が76.6%で一番期待が高く、「手数料の低減」27.7%、「消費者ニーズの把握と生産現場への情報提供」27.6%、「営農指導との連携強化」20.2%、「産地化の促進」15.9%、「買い取り販売等による生産者リスクの低減」13.3%となっている。JAの販売力の強化には、価格交渉力の強化、直接販売による販路の拡大、契約栽培の拡大、販売先の提案――などがあり、JA事業の原点である。

 農水省は5月から「農協の新事業像の構築に関する研究会」を開催、9月に報告をまとめる。同新事業像研究会は@農協と農業者・地域とのつながりの再構築、A農協事業における販売力の強化――を検討テーマとしており、6大臣会合が農政改革の検討項目にしている「農業所得の増大」の項目の中の「農協の経済事業のあり方」に反映させ、経済事業改革「第2弾」の行政指導(干渉)が想定される。2003年にも「農協のあり方についての研究会」報告が出され、事業効率を最優先にした経済事業の外部化(株式会社化)を促す経済事業改革「第1弾」の基本路線が敷かれた。JAは民間組織であり、こうした行政主導のやり方を見直すためにも、議案は「新たな生産・販売戦略による農業所得の増大」の項で「新たな協同」の精神を盛り込んだ経済事業改革の道筋を自主的に描く必要があったのではないか。

A米の計画生産には国民の理解が不可欠

 議案は「国民合意のもとでの農業政策の実現」の項で、地域・品目特性に応じた政策の確立を訴えている。焦点の水田農業政策では「米の需給と価格の安定のため、生産調整は必要不可欠であり、米の計画生産の徹底に引き続き取り組むとともに、生産調整メリットの充実と万全な経営安定対策の確立に向けた取り組みを展開します」(p.22)としている。

 米は完全な市場経済に委ねるのではなく、計画生産のもとでコストを償う米価水準を維持するべきだ−と言うJAグループの主張を実現するには、国民理解が不可欠である。昨年来の世界的な食料需給のひっ迫を受けて、EUは減反政策(セット・アサイド=休耕地計画)を休止した。食料自給率が低い日本で「なぜ、減反政策を廃止しないのか」「減反政策が耕作放棄地を増やしていないか」−と言うのが消費者の本質的な疑問である。日本の生産調整は主食用米の需給を均衡させ、不足する作物への作付けを誘導する政策で、EUのような減反政策ではないことに理解を求める必要がある。水田は連作障害がない優れた生産装置であることから、麦や大豆への転作ができない湿田では不足している米粉用米や飼料用米を作り、転作カウントすると言う「水田フル活用」政策が今年から始まった。

 4割もの水田で生産調整を実施しながら、MA米を義務的に輸入する怪も理解し難い。ウルグアイ・ラウンドで合意したWTOルールと言えばそれまでだが、MA米の輸入が始まった1995年4月から200810月までの14年間の総輸入量は902万dに達し、日本の年間消費量(約850万d)を上回っている。しかも、1993年のMA米受け入れに際して「ミニマム・アクセス導入に伴う転作の強化は行わない」との閣議了解をしていることから処理に困り、加工用、援助用、飼料用、工業用処理などで対応している。毎年10万dはSBS(売買同時契約)方式で輸入され外食等に出回っているが、農水省は「同量以上の国産米を援助として海外に出しており、国内需給には影響を与えていない」と説明している。こうした「無用の長物・MA米」処理に伴う財政負担(売買差損や保管料、事務費など)は1,336億円(1995年度〜2008年度)に達している。

 多額の税金を使ってMA米を義務的に輸入し、米の国際需給に影響を与え、開発途上国の飢餓を増幅している構図は多くの矛盾を含んでいる。問題は、農産物を鉱工業品と同じように自由貿易至上主義のもとにおいたWTOの貿易ルールにある。それは、日本が国内農業を犠牲にしても工業製品の輸出拡大を図ることを国益とした財界の要求を鵜呑みにした政治的妥協の産物でもある。

 いま、農政不信の象徴であるMA米と生産調整のあり方が農政改革の焦点に浮上し、その是非をめぐって国民的議論が沸騰している。存亡の危機にある全国の農家組合員は、財界が主張する農政改革は「MA米拡大」や「生産調整の見直し」という危険な方向であることを見抜き、国民理解が得られ、真の農政確立を迫る大会議案を求めている。

B今こそ「食料主権」の旗を高く掲げて

 世界の食料需給を取り巻く情勢は激変している。2008年度になってはじめて、農水省に「食料安全保障課」が新設されたし、「もはや、経済力さえあれば自由に食料が輸入できる時代ではなくなってきていることを認識すべきである」(「農政改革の検討方向」)との文言が政府文書にも登場するようになった。しかし一方で、農水省は基本計画の改訂に際して、おおむね10年後に食料自給率50%(カロリーベース)を目指すという方向性を示しつつも、その実現性の困難さから「食料自給力」という新しい概念を持ち出し、「どのような政策目標を設定することは適切か、改めて検討する」と腰が引けているのも気に掛かる。近づく総選挙では食料政策、農政が大きな争点になること確実である。共産党は昨年3月に「農業再生プラン」を発表、「自給率50%台の早期達成をめざす」とし、民主党も昨年12月に「農山漁村6次産業化ビジョン」を発表、食料自給率は10年後には50%を目指し、さらに10年を経過した年度において60%に達することを目標とする−政策を提案している。

 食料自給率向上に向けて、JAグループこそ大切にしなければならないはずの理念が、議案からすっぽり抜け落ちてしまっている。それはWTOの自由貿易主義への対抗概念として提起された「食料主権」である。「食料主権」という言葉は、1996年に開かれた国連食糧農業機関(FAO)の食料サミットで途上国の農民運動組織ビア・カンペシーナ(農民の道)が提起したもので、「各国内の文化と食料生産の多様性を尊重しながら、国内に必要な基本的食料を生産できる能力を育て、その基本的食料を維持する権利である。これは国家政府に保証されるべき基本的主権である」と定義されている。つまり、各国が食料確保のために必要な農業補助金まで、貿易歪曲的だとして削減を迫るWTOルールは基本的主権の侵害で、それぞれの国は基本的な食料を自国で確保する権利がある、という当然の国家主権である。

 JAグループも「食料主権の確立」の旗を高く掲げたことがある。昨年7月30日にジュネーブで開かれていたWTO閣僚会議の決裂を受けて、全中の宮田勇会長(当時)が談話を発表した。「食料自給率が39%と著しく低いわが国にとって、食料増産による食料主権の確立は急務の課題であり、国民の理解と支持を基本におき、今後とも、JAグループの最重要課題として、懸命に取り組んでいいきたい」と宣言している。8年越しの長期交渉となっているWTO交渉はいよいよ大詰めを迎えており、10月に開く25回JA全国大会では「食料主権の確立」を目指した取り組みを内外に高らかに宣言すべき時ではないか。

第3章 「総合性発揮による地域貢献」の特徴と課題

1.くらし・地域をめぐって

@「くらし・地域」の特徴

 ここでは、大会議案のうち「くらし・地域」について検討していく。この部分は、「環境認識」において、「くらしの活動などの地域貢献」として「地域農業の振興」とともに「両軸」として「『JA経営の健全性・堅実性の確保』を必須の課題として取り組んでいく」(p.1)ものと位置づけられている。かつて、生活基本構想において営農関連事業と「両輪」であるとして生活関連事業の充実が謳われたことを想起させるが、今回の議案書の「両論」は、必ずしも従来の「両論」と一致するものではない。というのは、前者で念頭に置いているのは生活関連事業であり、あくまでも事業に重点を置くものとなっていたが、今回の「両軸論」では、事業として捉えるよりも、むしろ「地域貢献」という表現が象徴するように組織活動や相談サービスなどに重点を置く内容となっているからである。換言すれば、“事業計画”から“活動計画”への転換である。

 ただし、事業について何ら触れられていなわけではもちろんない。「JA総合事業によるくらしの支援」という項目も挙げられてはいる。しかし、全体の中での位置づけはそう大きくはない。これは、後述する通り、生活関連事業に本気で取り組む姿勢を示そうとしたというより、むしろ准組合員の拡充やさらなる合併など今後の組織運営対策を意識したものだからであろう。

 そこで、いま少し「U JAの総合性の発揮による地域貢献<くらし・地域>」の位置づけについて見てみよう。「くらし・地域」における課題として挙げられるのは、@総合性の発揮、A地域における協同活動の強化、B地域コミュニティの活性化であり、これを受ける形で、実践事項として@組合員・地域住民の生活の総合的な支援、A「食と農」を軸とした地域活性化、B「助けあい」を軸とした地域セーフティネット機能の発揮、C地域コミュニティ活性化の「場」の設定、D「JAくらしの活動」の推進体制の構築が挙げられている。

 課題のうち、@の「総合性の発揮」のみが事業に関するもので、AおよびBはそれぞれ「協同活動」「地域コミュニティ」に重点を置くものとなっている。そして、実践事項についても、事業としての位置づけが明言されているのは、@の「生活の総合的な支援」とBの「地域セーフティネット機能の発揮」の介護保険事業に関する部分のみであり、Aは食農教育、Bは助け合い活動、Cは環境保全活動や子育て支援活動、DはNPO、生協との連携など「くらしの活動」の推進体制となっている。

 ただし、事業の位置づけについてひとまず明言されているとはいえ、@の「組合員・地域住民の生活の総合的な支援」では、具体的には「総合性を発揮して・・・・農産物の販売、生活購買事業、信用・共済等の生活設計サービス、保険・医療・福祉・介護サービス、組合員の資産保全、旅行サービス、・・・・葬祭事業など」(p.28)に取り組むと羅列されているに過ぎないうえ、“事業”と“サービス”という表現が微妙に使い分けられており、その違いが不明であることもさることながら、どこまで本気で事業として取り組むつもりなのかが明確とは言えないことが何より問題である。さらに、Bの「『助けあい』を軸とした地域セーフティネット機能の発揮」では、「介護保険事業の展開」という項目が立てられており、これだけを見ると本格的な事業展開を考えているかのように見えるが、厚生事業への言及も十分ではないのと同様、本格的に取り組むという姿勢はほとんど伝わってこない。

 また、「くらし・地域」における特徴としてもう一つ指摘しておきたいことは、“地域”という用語の多用である。本来、協同組合であれば、地域よりもむしろ組合員が重視されるべきであろうが、今回の議案の中では、組合員よりもむしろ地域を念頭に置いた記述が目立つ。この中には、「くらしの活動」「食農教育」「地域コミュニティの活性化」といったものから「地域雇用の安定的確保への貢献」など幅広い課題への取り組み姿勢が示されている。

 こうした課題を抽出するために用いられている資料にしても、「国民生活選考度調査」(内閣府)や「国民生活基礎調査」(厚生労働省)、国土交通省などの一般的な資料であり、組合員ニーズを把握した上で課題を抽出したという痕跡は見られない。ここで指摘されている問題が地域において重要な課題となっていることは否定しないが、それが農協として取り組むべき課題なのかどうかは区別して考えなければならない。実際、農協の守備範囲を越えていると思われる課題も多く、「組合員ニーズ」ではなく「国民生活でのニーズ」(p.29)に目を向ける姿勢には違和感を憶える。しかし、このようにあえて農協の守備範囲を越す地域問題を強調し、組合員ニーズ以上に地域住民のニーズに配慮しているのには、次項で見るような理由があるからであろう。

 以上の通り、「くらし・地域」で整理されている内容は、一見したところ、地域に内在する問題に“事業”ではなく“活動”として全面的に取り組むことを強調した内容となっており、総花的で耳障りの良い、論点の絞り込まれていない“よそ行き”の議案となっているように見える。しかし、そこには次に見るような組織・経営対策的な側面が含まれていることを見落としてはならない。

A「くらし・地域」の位置づけとねらい

 「くらし・地域」が全体のV部構成の中では二番目に位置づけられており、しかも美辞麗句を並べた“よそ行き”の内容になっているのは、農協の直面している経済環境が極めて厳しく、今回の議案の最大の懸案事項は「V」の「組織・経営」であり、相当程度厳しい取り組みをしなければならないことの裏返しとも言える。いわば、「V」のシビアな内容を「U」で緩和させていると言えなくもない。

 しかし、より本質的に見れば、「くらし・地域」もただ美辞麗句を並べただけではなく、「組織・経営」に結び付く二つの大きな目的と関連しているものと思われる。一つは、准組合員の拡大であり、いま一つはさらなる合併の推進である。

 第一の准組合員拡大については、議案書の冒頭「環境認識」の四点目において、「准組合員比率は上昇の一途をたどっており、2〜3年以内に正・准組合員比率が逆転することも予想される」(p.1)との危機感が出発点になっている。「組織・経営」に関連して掲げられている「組合員数等の推移と将来予測」(資料編、p.36)のグラフでは、正組合員数と准組合員数の推移が折れ線グラフで示されている。これを見ると、准組合員数が急増した結果、2005年においては正組合員数435万戸、准組合員数419万戸と両者が拮抗する数値となっている。

 ここで注目されるのは、この図では、正組合員数や総農家戸数など准組合員数以外の数値については2010年以降の予測値を示したグラフを掲載しているにもかかわらず、准組合員数については予測値は示されていないことである。「環境認識」に示されたような見解を、具体的な数値(グラフ)で示すのは差し控えたと言ったところだろうか。とは言え、このグラフを見れば、正組合員数が減少するのに反比例して2010年以降には准組合員数が正組合員数を大幅に上回ることになるであろうことは明示されていなくとも容易に想像がつく。

 いずれにせよ、准組合員が主流となるかのようなグラフは、農協自ら組織基盤の崩壊を示すことにもなりかねず差し控えざるを得なかったのであろう。したがって、ここでは、@「正組合員は長期にわたり減少」、A「准組合員の増加を背景に、組合員構成の多様化が進展するとともに、JAと組合員の関係が希薄化」、B「今後・・・・既存の正組合員の減少によってJAの組織基盤の脆弱化が懸念される状況」とのコメントが述べられるにとどまっている。これを裏返してみれば、@は既存の正組合員の増加は期待できないことを示したもの、Aは組合員構成が多様化しているので、これを前提としてJAと組合員の強固な関係を築くという意思表示、Bは既存の正組合員に代わる組織基盤の強化を図るという決意を示したものと読み取れる。

 このような組織基盤に関する危機感が背景にあることを鑑みると、「くらし・地域」は、既存の正組合員に代わる組織基盤の強化を図る手段としての役割を担わされていると考えられる。こうして改めて「くらし・地域」の冒頭に掲げられているフローチャートを見ると、その最後に「JAの事業・活動に賛同する者を幅広く組合員として加入促進」(p.27)と書かれていることの意味合いが明確となる。「くらし・地域」が“地域”を前面に立て、“活動”重視のよそ行きの言葉で飾られているのも、地域住民の参加を促し准組合員の拡充を期待しようとしたものだと言えるのである。

 ただし、この路線を追求することは、やがて組合員資格問題を表面化させることになるであろうし、これをクリアし得たとしても、農業協同組合としての性格に矛盾を抱え込むことにもなりかねないことは注意が必要だろう。

 次に、二番目の目的と思われる合併推進(小規模農協の解消)について見てみよう。資料編の27頁では、「JAくらしの活動の取り組み実態」として各活動へのJAの実施率が示されている。ここでは、「JAくらしの活動」「高齢者生活支援活動」「JA食農教育プラン」などへの取り組みの状況が実施JA数と実施率というかたちで示されている。これを見る限り、総じて実施率は高いとは言えないが、ここで看過できないのは、最後に示されている「正職員規模別の実践状況」という表である。

 この表は、正職員数100人を基準に線引きがなされ、100人未満の農協に比較してこれ以上の農協において「食農教育」や「介護保険事業」の実施率が高いことを示している。すなわち、総じて実施率が50%未満という低水準に甘んじているのは、小規模農協が実施率を低めているからであると言わんばかりである。吹き出しのかたちで「広域合併JAでは、組合員ニーズに合わせた総合事業・活動を展開」と強調したり、結論部分では「一定規模以上のJAにおいては、JAくらしの活動を実践・支援することにより、地域のセーフティネットとしての役割を発揮」として、農協の規模がポイントであるとしているのは、その証左と言えよう。

 このように、「くらし・地域」に盛り込まれた内容は、小規模農協では取り組みは難しく、広域合併農協でこそ取り組むことができる課題であると言っているようなものである。「くらし・地域」の課題は、「小規模JAについては・・・・合併による基盤拡充を進める」(p.46)とする小規模未合併農協の解消および更なる広域化に向けての口実として利用される可能性を持っている。この意味において、「くらし・地域」で取り上げられている課題は、「合併推進・小規模未合併JA対策」としても位置づけられていると言えよう。

B「くらし・地域」における問題点

 「くらし・地域」の問題点について整理しておこう。まず第一に指摘できるのは、農協として取り組むべき課題をむやみに拡大すべきではないという点である。農協が地域に根付こうとすることや、地域内のニーズに応えようとする姿勢を否定するつもりは毛頭ないが、農協の基本は組合員のニーズに応えることにあると言えよう。

 ところが、今回の議案書では、内閣府による「国民生活選考度調査」に基づいて「国民生活のニーズ」上位10項目が掲げられ、これに対応した農協の取り組みについて整理されている。ここでは、「国民のニーズ」と「組合員のニーズ」が本当に一致しているのかどうかという検証が全く行われていないだけではなく、「安全と個人の保護」というニーズに対しては「防犯パトロール」、「生活環境(大気汚染、騒音、悪臭などの公害がないこと)」に対しては「JAくらしの活動(環境保全)」、「家族(安心して子供を産み育てられる環境)」に対しては「子育て支援」など、農協が取り組むべき課題なのかどうか、あるいは取り組むことが可能なのかどうかを十分に検討することなく、取りあえず課題だけを列挙したかのような印象がぬぐえない。「国民のニーズ」ではなく、「組合員のニーズ」に基づいた事業・活動に取り組むのが農協としての原点であろう。

 第二に、地域的課題への取り組みを充実し、准組合員の拡充につなげていくことにともない組合員資格問題や農協の性格をめぐる問題を惹起することである。すでに見た通り、今回、「くらし・地域」において示された課題は、准組合員拡大対策と位置づけられるものである。准組合員の拡大については、約100万人の獲得目標も試算結果として示されており(p.79)、正組合員の減少を新規准組合員の拡大で補おうとしていることは明らかである。また、准組合員の議決権・選挙権に関するアンケート結果を示すなどしたうえで(p.81)、「中長期的な組合員制度のあり方の検討」(p.82)として組合員資格の見直しについて言及している。

 このように、「くらし・地域」での取り組みをきっかけとして准組合員の拡大につなげようとしていることは明らかであるが、これが現実化した場合、准組合員の農協運営への参加問題が現実的な問題として出てくるであろうし、農協の地域協同組合的性格がより強まるものと考えられる。かつての「地域協同組合論争」を持ち出すまでもないが、農協が本格的に地域協同組合としての道を選択しようとしているのか、それともなし崩し的に選択せざるを得なくなっているのかどうか。いずれにせよ、今回の議案から読み取る限り、本格的に地域協同組合化へと舵を切ろうとしていることだけは間違いないが、その先にどのような将来像を描いているのかは必ずしもはっきりしない。農協はどこへ向かおうとしているのか。

 第三に、「くらし・地域」で掲げた課題は、広域であれば本当に取り組めるのか、逆に広域でなければ本当に取り組めないのかという問題である。前述の通り、正職員数の多い農協ほど、「くらしの活動」等への取り組み率が高いことが示されていたが、これが暗にさらなる農協合併(未合併農協の解消)への布石となっていると見られる。しかし、ここで示されているデータは、「実施している」と回答した農協の割合を示しているに過ぎず、具体的な取り組み内容や組合員の満足度などについては何ら示されていない。

 しかし、「取り組んでいる」ということと、「組合員のためになっている」ということは別問題であり、個々に検証が必要なことである。にもかかわらず、単純に職員100人規模を基準に線引きを行い、「職員数が多いほど取り組んでいる」と結論づけるのは乱暴な議論と言わざるを得ない。これは、先に合併ありきの議論であり、ここで掲げられた課題への取り組みを本気で考えているのだとすれば、規模の大きな農協でこそ本当に取り組みが成功するのかどうかについて、より丹念な検証が必要であろう。

 第四に、これらの課題を実践するうえでの資金的裏付けや職員負担などについての検討が行われているように思えないことである。「くらしの活動」「食農教育」「助けあい活動」など、広範囲にわたる課題が示されているのに対し、資金的な裏付けについての具体的な言及は何もない。これでは、現実に取り組むことが可能なのかどうかの判断も付かないはずであるし、まして、農協の屋台骨であった金融事業が揺らいでいる状況下であることを考慮すれば、なおさら資金的裏付けに配慮した綿密な計画が求められているはずである。これだけ広範囲にわたる活動目標を掲げる以上、資金はどこから調達するのか、収支の見合う計画なのかどうか、“活動”であるとは言えそれなりの見通しを示すべきであろう。

 また、資金に加え、いま一つ考慮されていないと思われるのが職員への負担の問題である。資料編の37頁に示されている表「JAと中央会・連合会の職員数の推移」によれば、平成3年度から同18年度にかけて約50,000人、15.9%の職員(臨時・パート含む)が減少している。職員数が減少しているにもかかわらず、従来と変わらない業務量をこなしているとすれば、それだけ個々人の負担は増加しているものと思われる。こうした状況下において、「国民のニーズ」に全て応えるかのような課題を掲げることは、職員に対してさらなる負担を強いることになりかねない。職員の負担を減らし、幅広くなくとも組合員のニーズに確実に応えていくことの方が、職員にとってもやりがいのある仕事となるのではないだろうか。

2.医療・福祉、厚生事業をめぐって

 次に、地域貢献やくらしに関わる重要課題である医療事業・福祉事業に絞って考察する。いまや、医療と福祉の危機が叫ばれる中、病院や事業所の確保は住民にとって最大の関心事である。農協グループにおいては、医療事業を営む23厚生連が115の病院と48の診療所を展開している(このほか健康管理専門連合会は12厚生連)。344単協が1,084の介護保険事業所を運営し、組合員・住民の暮らしを支えている。これらの医療施設、福祉事業所が、国の医療費・介護費用の抑制策により、農山村地域を中心に大変な経営困難を抱えているのも事実である。議案の設定の大枠についての問題点、厚生連医療をめぐる課題、介護保険事業をめぐる課題の順で見ていく。

@議案の大枠〜事業論(医療・福祉事業の強化策)抜きの地域貢献の強調〜

議案は、Uの地域貢献<くらし・地域>の3番目に「「助け合い」を軸とした地域セーフティーネット機能の発揮」と銘打ち、「元気高齢者への取組み」「助け合い活動の展開」を筆頭に挙げている。この元気高齢者対策の次に(つまり下位に)、治療を必要とする患者や介護を必要とする高齢者に向けた取組みの記述がくる。そこでは唐突に、行政や他団体との連携(農協自らの責任を回避?)を謳う「地域包括ケアシステム」が提起される。現に日々運営している肝心の医療事業・福祉事業についての記述には多くを割かず、「地域医療の取組み」2行と「介護保険事業の展開」8行を掲載するのみである。

なお、厚生連については、Vの<組織・経営>の事業別戦略の8番目に出てきて、「施設機能の見直し」(6行のみ)を提起している。F旅行事業とH葬祭事業に挟まれて掲載されており、この順序を見るだけでも厚生連医療の位置づけの低さが窺える。

事業体としての協同組合としては、地域貢献の課題をどう“事業”に仕組んでいくのかが問われるべきである。しかし協議案は、医療・福祉の課題についても、事業論抜きの地域貢献、事業と切り離された協同活動論に終始している。厚生連病院は公的病院として、その多くが県立や市町村立の自治体病院の代わりとして役割を果たしている。にもかかわらず協議案は、次項で見ていくように、医療事業・福祉事業の大変な苦境の状態を数値面のみで認識し、ひたすら収支的な“お荷物”の解消(「施設機能の見直し」とは病院を止めることを指す?)を迫るという、地域に暮らす側にとっては大変危険な内容となっている。

 もうひとつ看過できないのは、協議案が、社会保障を削減する国の政策や行政サービスの縮小を所与のものとしてしまっている点である。組合員・住民とともに公的制度の改善・社会保障の充実化を要求する姿勢は皆無である。たしかに住民の助け合いや地域コミュニティーの再構築(協議案では「元気高齢者への取組み」)は重要な課題である。しかし、生存権をないがしろにする国の政策を不問に付したままでは、結局は、住民同士の“自助”や我慢によって尻拭いする結果になってしまわないか。自助の一面的強調を最も喜ぶのは、政府であり財界である。

A厚生連医療〜急性期医療の確保は住民の強い願い〜

厚生連経営は全般として急速に悪化する状況にある。昨年末に、島根県の郡厚生連が破産したことは記憶に新しい。

厚生連関係者からの情報によれば、医療事業を営む厚生連のうち、ほんの数厚生連を除いて、ほとんどが経常損益段階(平成20年度決算見込み)で赤字、自治体からの補助金等が加味された当期損益段階でも、半数近くの厚生連が赤字だという。一部、10億円台、20億円台の赤字もある見込みだ。

ところで、病院事業には移転新築等で多大な長期投資がつきものであり、重厚長大産業ともいえる経営構造の特徴がある。2年や3年の経営で回収できるものではない。また、時の政府による診療報酬のいじり方ひとつで、たやすく赤字転落したり、逆に黒字回復したりする。したがって万全な内部留保が重視される。厚生連の内部留保については、県によって2百数十億円から数十億円、十数億円とバラツキはあるものの、一時的な損失が発生しても何とか持ちこたえられる体制をとっている。こういった点を理解せずに短期的な収支だけで評価し、施設の存続に関わるような判断まで安易に下してしまうのは大きな誤りであろう。

しかし、内部留保が数億円にも満たない厚生連もいくつか存在するようだ。一部、資金繰りが窮屈になっている連合会も見受けられる。農林中金問題がありタイミングは悪いが、県内農協に厚生連への増資を求める動きもみられる。ちなみに農協から厚生連への出資については、厚生連が非課税の公的病院とされていることから、利益配当はなく、解散時にも農協には戻らない扱いとなっている。厚生連への出資そのものが、農協の地域貢献、社会貢献といえるのである(社会福祉法人への出えんとよく似ている)。それだけに、出資先の厚生連の財務状況が悪化した場合、破綻懸念先として出資金まで農協側の不良債権カウントに含めるといった金融上の農協会計の評価は見直す必要があると思われる。

急速な収支悪化の原因は、医師・看護師不足、診療報酬切り下げの影響、患者の減少(受診抑制)にある。したがって事業改革の喫緊の課題は、第一に医師確保、第二に有利な診療報酬方式への対応である。

新しい研修医制度により医師の大学への引き上げ等で、地域の病院が産科、小児科や病棟の閉鎖に追い込まれている。厚生連も例外ではない。この打開は、もはや地域ぐるみの取組みによるしかない。厚生連の医療職が地道に農協の健康づくり活動に出向き支援していることが信頼につながり、系統を挙げて医師確保対策の資金援助を行なう地域が出てきている。自治体病院では住民が参画して、研修医を育成する研修プログラムを企画したり、コンビニ受診(軽症でも夜間救急等を安易に利用すること)を慎んで勤務医を疲弊させない呼びかけをする動きが出てきている。これらに学ぶ活動が厚生連の中にも生まれていると聞く。

厚生連病院の多くに、地域の急性期医療を担う機能が期待されているのはいうまでもない。したがって急性期医療の診療報酬に着目した対応を怠らないことが経営管理の重要課題となる。今後、急性期病床への診療報酬支払い方式の中心になるとされるのは、診断群分類別包括評価(DPC)というものである。厚生連の一般病床の7割近くがこの診療報酬支払い方式を選択していくと言われている。病院の収入は、出来高払いだけでなく包括化した1日当たりの定額払い(入院日数制限あり)との組み合わせである。よって、入院日数短縮と質の高い医療(患者にとって安全安心で早く確実に治してくれる医療)を効率的に進める医療技術や薬の使用の標準化が求められる。医薬品等(病院コストの2割近くを占める)の廉価購入も不可欠である。これらの取組みについて、系統の研究会や共同購入事業に多くの厚生連が結集し成果を挙げているという。

地域医療を守るためには、こうした現場の経営努力やその実践交流を踏まえた具体的な事業強化対策こそ必要である。だが、議案にはその視点は見えてこない。

議案は、「地域の保健・医療・高齢者福祉の需要と人的資源に見合った」「施設機能の見直しを行なう」と言う。要するに、“赤字の病院は必要性が薄く医師も足りないのだから、急性期医療はこの際返上せよ。健全経営の切り札がこれだ”ということである。機能見直し先は、療養病床や老人保健施設、特別養護老人ホーム、あるいは診療所だとしている。特養や老健はもはや医療施設ではない。無床の診療所になると入院するベッドがなくなる。亜急性期病床(急性期治療後)や回復期リハビリテーション病棟(脳血管疾患患者の集中リハビリ)も協議案で挙げられているが、地域の救急や急性期の対応力は格段に落ちる。たしかに一部の厚生連病院でこうした転換の事例が出てきているし、地域の中で役割分担をし成功しているところもある。

しかし一律にこの方針を持って事足れりとしてしまっては、急性期を核にして総合的に事業を行なっている厚生連病院の現状を全く踏まえていないと言われても仕方ないのではないか。周知のとおり、農山村を中心とする地域で、救急や急性期医療を維持することは経営的に大変苦しい。住民の願いは町・村の中に急性期の一般病床を確保することであり、どの厚生連も住民ニーズに応えて急性期医療継続の努力を筆頭において取り組んでいる。そこに協同組合として農村部の公的病院を担う値打ちがある。リハビリ病床、療養病床、介護施設、診療所はもちろん住民に必要とされる独自の機能を持つ施設である。地域の要望に応えて多くの厚生連病院が急性期と同時にミックスでこれらも設置している。「急性期で赤字だから療養・介護に転換しダウンサイジングすればよい。もしものときは1時間車を飛ばして隣町の立派な他の病院へ行けばよい」という性格の話ではないのである。

なお、介護療養病床(介護保険適用)は廃止となるので転換せざるを得ない。が、地域によっては一般病床に戻したり、医療機能を強化した新型老人保健施設を選択したりする厚生連もあり、ことはそう簡単ではない。やはり住民として医療機能確保の強い願いが存在するのだろう。

さらに議案は、「ランク付けに応じた経営改善」をはかるとして、ずいぶん乱暴な分類を示している。上述したような病院特有さらには厚生連特有の経営構造を顧慮せずに、2年連続赤字やキャッシュフロー基準未達といった短期的な指標で切っていくことが本当に正しいのか検討すべきである。逆に、債務超過や資金ショートのケースでは、迅速な債務解消策や資金援助が必要である。日々の患者への診療を途切れさせるわけにいかないからである。にもかかわらず、ある県の例では、病院の業務改善・コスト削減の進捗実績を確認するまでは系統としての援助を実行しないといった指導対応となっていると聞く。ちぐはぐな指導でかえって再建を妨げている感が拭えない。

 自治体財政健全化法の施行以降、公立病院改革ガイドラインによる再編(自治体病院の廃止・集約化、診療所化、民間委譲、独立行政法人化)がドラスチックに進められようとしている。もしかすると協議案の論立ても、国のガイドラインをちゃっかり流用し、「自治体病院でもあれだけ大なたを振るっているのだから、厚生連も大胆にリストラしてもよいのではないか。農協だけが気張ることはない」と考えた節もある。厚生連病院への自治体からの補助金支出の環境も当然厳しくなっていくだろう。

しかし一方で、医療崩壊に対する国民各層の批判は日を追って増している。政府は小泉内閣以来の社会保障費抑制策を基本的には見直さざるを得なくなっていくにちがいない。楽観は許されないが、公的医療機関の確保と充実化を望む住民の声と支えに確信をもって、厚生連経営を守り切ることにより、農協の真の地域貢献を進めていくべきである。

B介護保険事業〜住民参加で制度拡充図る中で事業確立の展望を〜

農協の福祉事業についてはどうであろうか。議案は介護保険事業について収支改善以外は多くを記述していないので、機関誌『月刊JA』に農協中央の担当責任者が書いていることによって狙う方向をみておきたい。その内容は、今回の議案の問題意識と符合したものとなっている。

そこでは、正組合員の減少(高齢化→死亡)は農協経営にとって「大きな脅威」(このこと自体は正しい認識だといえよう)なので、「経営リスクへの備え」として「JAファンづくりのために」高齢者対策に取り組むべきであると説く。この論理からは、介護保険事業については実にあっさりとした“指導”方針が導かれる。曰く、介護保険事業は「シンプルなビジネス構造」なのだから、とにかく「収支改善全国指針」にしたがって営業を強化し接遇もスキルアップし利用者を増やせ。事業だけをクローズアップすると財界に批判されるので、「協同組合としてバランス」をとって助け合い活動をやれ。それが「協同組合の価値」を「担保」することだと、言い切っている。

 問題は、事業の成り立たせ方にかかってくる。収支改善への道は、「営業力強化と利用者集めに尽きる」と言ってしまってよいのだろうか。現場の悩みはそう単純ではない。介護保険事業はいわば制度ビジネスである。事業範囲・種類や介護報酬が決まっている中で収支を合わせていくためには、数字だけ見るならば人件費を抑えるか、事業拡大を進めるかしかない。一般の営利企業(一部の社会福祉法人も含む)なら、むしろスタッフの定着が悪く入れ替わりが多いほうが賃金抑制ができる。過疎地で利用者が少なかったり、営業競争で負けてその地域で収支が合わなければ撤退すれば済む。

協同組合で介護保険事業をやる意義はどこにあるのか。協同組合は、住民、利用者(「将来の」も含めて)自身の組織である点、利用者本位を貫ける事業体である点を強調しておきたい。

利用者のニーズがまずあって、現制度でサービス提供できること、そして、できないことや制度外で対応せざるを得ないことが明確化される。わが国に限らず、福祉事業(介護保険事業)とは、ニーズに応じてサービスや仕組みを作り出して発展させていくものである(政府は早々と給付抑制に向かっているが)。利用者のニーズに対し、事業・サービスの対応や制度の整備が後追いしていく関係にある。利用者のニーズ、住民の声が、地域に事業の量と質を作り出していく、制度の改善を引き出していくのである。

このことが、事業への“組合員参加・利用者参加”であり、協同組合福祉の真骨頂といえよう。“作り出していく”トップランナーとして協同組合が存在している。農協が介護保険事業をやる価値が、この事業過程で発揮される。農協は、一般営利介護企業と横並びの単なる一事業体ではない。

 農協の介護保険事業取扱高(2008年度)は、全国合計で224.0億円、うち訪問介護104.9億円、通所介護80.0億円、居宅介護支援(ケアマネジメント)21.3億円である。2006年度決算では、329農協のうち黒字が174農協、赤字が155農協となっている。介護保険事業は事業である以上、赤字を続けていてはならないのは当然である。組合員のための福祉なのだから仕方ないというのでは、事業といえない。議案に教えられるまでもなく、赤字の解消に向けてここは正念場である。

こうした中で、農協の介護保険事業の現場のみならず経営者の間では、収支的に厳しくても、新しいサービスの事業化やスタッフの専門性強化への意欲は高い。組合員の要望を受け理事会等で相当の突き上げがある農協も存在するようである。農協のケアマネージャーやホームヘルパーの業務の拡大と質の強化を基盤に置いて、今後デイサービス、ショートステイ、グループホーム、小規模多機能などの拠点整備がさらに求められるであろう。そこでは、農協中央の言う「営業力強化や介護技術・接遇スキルアップの競争」といった類の収支改善対策にとどまってはいない。組合員・住民のニーズに応じて地域全体の福祉・介護保障のレベルを引き上げ、その中で事業拡大・収支改善を図るという展望を持ったものへとなろうとしているのである。

さらに、議案は意識的に避けているが、全国各地で農協出えんによる社会福祉法人が特別養護老人ホーム等を運営している。そこでは、施設の大きさ、ベッド数、スタッフの人数から見ても、ひとつの中小病院並みの経営課題を抱えている。こうした農協系社会福祉法人の施設のあり方を含めて、農協介護保険事業と統合的に事業政策を持って臨んでいかなければならない。系統農協とは法人が違うと言って放っておくわけには行かないであろう。

また、介護保険の給付抑制のあおりで、保険外のサービスへの需要が高まる一方であり、生活支援事業としての事業化に多くの農協が模索をし始めている。協議案では「インフォーマルサービス」として認識はされているが、事業化については腰が引けており、助け合い組織とごっちゃにされている。これでは素人の家事手伝いから脱却できず、地域のシルバー人材センターとの低料金の競合のレベルにとどまったままとなってしまう。保険外の生活支援事業は、むしろ介護保険事業との統一的なマネジメントによるサービス展開を行なっていくべきであり、農協の実態もそうなっている。民間のNPOや営利企業も狙っている事業分野である。プロの仕事、事業として成り立たせていかなければならない。協同組合福祉の一分野として専門性を持った生活支援事業への展開を図る方向にある。

議案は、助け合い活動を切り札のように打ち出し、「助け合い活動を軸とした地域セーフティーネット」と強調する。しかし先に見たように本音は、「経営リスクへの備え」「JAファンづくり」の位置づけであり、「農協もいいことやっているんですよ」式のPRにすぎない。「認知症啓発活動」の提起も、銀行・企業の社会貢献ポーズと同レベルのものである。

助け合い活動は、一般営利企業と変わらない福祉事業の営利性(?)を打ち消すためにバランスをとるための“おまけ”の取組みではない。介護保険の公的サービスでは足りない分を、何とか地域住民で補う(補わざるを得ない)という意味がひとつ。それに加えて、住民・利用者側からの目で介護ニーズを掘り起こし、事業を作り出していく、さらに制度の改善を引き出すことにつなげるのが、助け合い活動の重要な性格でなければならない。

農協の助け合い活動は、地域のためにと献身的にボランティアに取り組む農村女性たちに支えられてここまで来たが、現在、活動の停滞・低下がどこでもよく聞かれる。その規模も活動内容も圧倒的に足りない。急ぎ、参加する人々、関わる人々の数を抜本的に増やす取組みが不可欠である。その際、助け合い活動だけが個別に存在して展開するスタイル(協議案はそうイメージしている)ではなく、介護保険や厚生連医療の“事業”の確立のほうをむしろ「軸として」、助け合いの協同活動を広く組合員・住民に呼びかけるべきと考える。

 福祉事業の収支改善をいうなら、制度ビジネスとしての究極の収支改善対策は、介護保険制度そのものの抜本的改善=公的介護保障の拡充であろう。これは前項の農村医療を担う厚生連経営をめぐる状況と同様である。地域の隅々からの切実な声を集めて、社会保障制度改悪の早急な見直しを要求すべきである。介護労働者がやりがいを持って働き続けられるような介護報酬引き上げと利用者負担削減を求める必要がある。農協中央が果たすべき真の役割は、政府に対し真正面からこれらを要求することであることを、もう一度指摘しておきたい。

第4章 経済事業の戦略の特徴と課題

 

大会議案の経済事業の焦点は農業所得の増大である。議案には「新たな食糧・農業・農村計画の策定に併せて、JAグループの生産・販売戦略の構築と政策の確立を通じて、農業所得の増大に取り組んでいきます。」と記述している。

 JAグループはこれまでも、安全・安心な農産物を国民に提供するため、土作り運動や生産履歴記帳運動に取り組んできた。その結果、輸入農産物や食品に衛生上の問題が出れば国産に需要が集中すると言った現象がおき、国産なら安心して食べられると言う国民の評価を高めてきたと言える。この成果の上に後継者が確保できる安定した所得を確保する事業戦略を立てることは重要なことである。しかしここでの農業所得増大の取り組みは、環境の変化(WTO以降今後も続くと思われる農業生産額と農業所得の減少、大規模農家育成とそこへの施策を集中する農政の転換)を受けての対策としているから、農業を続けたい農家すべてが享受できるものかどうか定かではない。議案では所得の増大を販売力の強化、生産コストの削減、国による所得政策の実現の3つの手立てで実施しようとしている。大会議案は農政の転換を受けているわけで、農政の方向がどのようなものであるか、少し前になるが、全農の業務改善命令で見てみよう。

1.全農の業務改善命令

 農水省が改善命令で全農に求めたのは、不祥事の再発防止対策、コンプライアンス体制の確立と、組合員のために最大奉仕する観点からの事業の検証・見直しであった。後者についてどのような見直しをしたのか全農の3月末の報告で見てみよう。

@担い手への対応強化の体制

「全中と連携した担い手対応強化施策案の策定」「18年度までに全県本部に担い手対応部署の設置」「担い手の経営管理支援体制の整備」「技術情報提供、経営相談など総合支援体制の構築」「JA出資法人への増資、集落営農組織の法人化支援のための出資」(5年で15億円)「担い手対策予算措置の実施」(19~23年で240億円投入)

A生産資材の担い手対応

「肥料・農薬の既存大口設定奨励措置の拡大」「営農用燃料等担い手向け価格条件の設定」「肥料の港湾・倉庫からの直行条件の充実」「農薬大型規格品の拡大」「担い手向け輸入農機・独自型式農機の取り扱い」

B販売の強化

「園芸直販事業の拡大」「園芸買取販売の拡大」「実需を特定したコメの安定取引の拡大」「園芸加工・業務向け販売を拡大」「国産農産物の輸出促進」

C流通コストの削減

「コメの共同計算の流通コスト削減」「コメの販売対策費の廃止」「コメ手数料の設定基準の統一と平均水準10%削減」「園芸直販事業の子会社化により販売管理費(20年度までに4億円)削減」「畜産販売事業の子会社化により販売管理費(20年度までに4億円)削減」「生産資材の手数料引き下げ」「地域別飼料会社の再編によるコスト低減」「広域物流の実施JAを拡大し物流コストを削減(16年度1200億円を20年度までに累計160億円削減)」「JA,県域の農機事業運営一体化による効率化」「石油基地再編による物流コストの削減」「Aコープ県域会社を広域会社に再編」

D要員削減と人件費抑制

22年までの5年間で全農グループ職員25千人を2万人体制へ5千人削減」「総人件費抑制を前提とした賃金体系の統一」

「組合員のために最大奉仕する観点」での事業の見直しであるが、担い手に対し相当の予算を用意し対応体制と生産資材価格対策を行っていること、品目ではコメに関連した資材コスト、販売コストの削減が多いことが特徴と言える。これらの費用の捻出は事業が低下傾向にある中では要員の削減に求めるしかなく、そのような形になっている。ただ、担い手対応といっても行政の言う担い手と、地域における担い手は必ずしも同じではなく、全農の出した条件も地域の実情に合わせて適用するなど、JAの主体的判断が重要になっている。

2.農水省の評価

 全農の報告書について「各種措置が講じられ、今後とも監視すべき項目が要員削減のみになった」と評価している。これに加えて「農協系統の事業に対しては、農業・農村をめぐる情勢の変化に対応した更なる改善が求められています。このため、これまでの全農の業務改善命令に基づく対応から更に一歩を進め、今後の農協事業のあるべき姿について検討するため、第三者の意見も踏まえながら検討を進めることとします。」として、522日から「農協の新事業像の構築に関する研究会」をスタートさせた。おもなテーマは「農協と農業者・地域とのつながりの再構築」「農協事業における販売力の強化」などで、9月上旬にとりまとめが行はれるスケジュールになっている。確かなことはいえないが、大会議案の組織討議と平行して行われるこの研究会は、全中、全農の専務が参加しているだけに、大会議案の「販売・購買機能等については、基本的には県域を単位としつつ」としている販売機能の配置や、様々な農業者が混在するようになって来た地域と農協の関係、また農協におけるそれら農業者の位置づけなどに影響を与える可能性があるように思われる。

3.経済事業をめぐる情勢認識

 経済事業については以下のような情勢認識により、農業所得増大に向けた流通コストの削減と食品関連産業全体を巻き込んだ販売戦略の構築が課題としている。

@「消費者から食糧自給率の向上や日本農業の維持発展が期待」されている。

A「国内農業生産は減少し、農業者の所得は激減」している。「農業生産の拡大と農業所得の増大」が必要である。

B「農業所得を増大するためには生産コストの削減が必要」だが「原油・肥料・飼料価格の高騰等による生産資材価格の高騰により、生産段階のコスト削減は限界」となっている。

C「農業生産額と農業所得を増大させるためには、流通各段階のコスト削減や国産農畜産物を有利に販売できる仕組みなど、食品関連産業全体を巻き込んだ販売戦略の構築」が必要。

 ここでは、WTO協定による輸入農畜産物の増加と価格競争の激化、コメの流通自由化 よる価格の下落など農業生産の減少や農業所得の減少の原因となったものの指摘はない。それらはすべて情勢の変化で整理しているようだが、すべて政策として行はれているもので、力があれば変更がきく問題である。なぜこうなったか、指摘だけはきちんとすべきであろう。ここで有利販売や流通コストの低減に取り組むことは農家の営農継続条件を確保する上で大事なことではああるが、国際競争の影響の方がはるかに大きく、そちらの原因を止めないと農業所得の増大は図れないのが実態と思われるからである。

 これらの対策の実施主体はどこなのか。経済事業における機能分担については「担い手等への対応力をJAが強化するとともに、販売・購買機能等については基本的に県域を単位としつつ、、、事業ごとの最適化を進める」としているから、県域が実施主体になると見ることができる。

4.流通各段階のコスト削減

 これについては全農の業務改善命令に対する改善計画書の項目の方が詳しく、議案では県域で集約する事業、ブロックで集約する事業など事業のパターンで示されているぐらいである。前回の大会では経済事業改革が焦点であったから、すでに審議済みという扱いなのだろうか。

 しかし、具体化にあたっては「経営の変革」の項目を見る限り、かなり性急な進め方が想定されている。「経営の変革」では「個々のJA単位での更なる合理化に限界感があり」「効率化可能な部分については、各JAの枠組みを超えて県域を一つのJAとみなした機能集約を行うことで、新たな効率的運営体制を確立する」とし、県域を単位とする事業戦略を描く中に県域への機能集約を落としこむ手法で進めようとしている。県域戦略の前提になるのは事業利益目標であり、試算では、19年度の農協全体の事業利益が1729億円に対し23年度の予測が494億円、これを県域一体型の事業運営体制の確立で23年度においても19年度と同等の事業利益の確保を目指すと言う目標だから、県域への機能再編が相当程度進むと考えられる。また経済事業は赤字という農協も多く、これまでにもまして合理化が進められることも予測される。

 また、県域戦略の策定は、まず県域全体の目標利益を算定し、JAごとの収支見込みと目標利益との乖離をカバーするため、選択と集中に基づく事業ごとの収支向上対策を提起し、まとまったものを「県域戦略プラン」としてJA県大会で決定し、それにもとづく中期・単年度計画をJAごとに決定、JAと中央会・連合会が一体となって実践、進捗管理をしようとするものである。これはJAの機能をどうするかという組合員に直接かかわりのある問題だから、それぞれの地域の事情もあり、県域といってもなかなか一律にいくものではない。これをまず県段階で決めていくので、農家段階の議論の時には方向は決まってしまっている可能性もあるわけである。経済事業では農機の県域集約などの方策が出ているが、県で方向が出ても農家段階の理解を得るのに相当な時間を要しているのが実態と思われる。機能を県域に集約し、県段階が運営主体になると言うことだけで、JAの組合員対応の裁量や幅が狭まることになる。性急に進めてJAの経営者が組合員との板ばさみになるようなことになれば、JAと組合員との距離が一層遠のくことが危惧される。

 今回の大会では県域一体型の運営を効率化の決め手として前面に出しているが、農協の組織からすれば矛盾がある。組合員は農協運営を任せる農協役員を選ぶわけだが、その役員が県段階に運営を任せるわけで、県段階の直接対応が増え、意思反映措置が保障されないなどの問題がある。一部の事業でやっているうちはいいが、色々な事業が一体型になるなら1JAにして組織的にすっきりした方がいいと言う意見も出てくる。一方1JAでは大きすぎて組合員との距離が遠くなるという心配もあり、こうした矛盾した状態を放置すれば、地域の農協の組織は弱まることにもつながる。問題点も併せて提起してきちんと議論すべきであろう。

5.販売戦略の構築

 販売事業については、「JAグループが一体となった安全・安心ネットワークの構築」の項と「事業別戦略」「営農経済事業」の2箇所に記述されている。前者では相手先を特定した販売事業の取り組み強化、後者では事業別の事業体制、事業方式についてかかれている。不思議なのは前者でキーワードと思われる「ネットワーク」という言葉が後者では一言も出ていないことである。まだ概念が固まってないのであろうか。

 まず、事業体制の確立では、「販売・購買機能等については基本的には県域を単位」としつつ、米では「生産から販売まで一連のものとした事業体制の確立」、園芸では「県域の実態に合わせた」JAと県域の一体運営体制の確立、畜産では「JAと連合会・グループ会社の機能分担による生産から販売までの一貫した事業体制の構築」と方向づけをしているが、実態は県によって様々である。

 一方、「安全・安心ネットワークの構築」では「JAグループが一体になった生産・流通・顔が見える販売体制の構築により、相手先を特定した販売事業の取組を強化し、安全安心のネットワークを構築していきます。」ということを目標に、相手先別に以下の取組を進めることにしている。

@組合員の結集による産地形成や切磋琢磨を図る共同販売の再構築

 JAは部会の再編や共選施設の利用率向上、JA・経済連・全農は高品質な差別化商品の確立と取り扱いルートの開拓、産地間連携によるリレー出荷の確立

A流通業者等との連携強化によるネットワークの構築

 JAグループは米の播種前契約や園芸の契約栽培など生産者・消費者の結びつきの取組拡大、量販店、流通業者との提携、生協との事業連携の強化

B加工・業務用、外食への国産農畜産物拡大に向けたネットワークの構築

 JAは、実需に応じた生産体制の整備、経済連・全農はリレー出荷で安定供給、JAグループによる加工事業や外食レストランの経営、有利販売のため生産から最終消費まで含めた食品産業全体を巻き込んだネットワークの確立

C国産農畜産物の輸出促進

 JAグループは黒毛和牛など高品質畜産物などの輸出促進

Dインターネット販売によるネットワークの構築

 JA・経済連・全農は「JAタウン」等のインターネット販売を拡充強化

E資本を通じた農業関連株式会社等との連携

 JAグループは販売の多角化、付加価値増大のため融資による関係強化、農業関連会社に資本参入による連携を検討。

それぞれの項目で実施主体を明確にして要約したが、中味はこれまで販売事業で述べられてきたことの枠を出ていない。実施主体もJAグループや、JA・経済連・全農と販売事業の実態を反映して並べてあるものが多く、事業体制の確立で述べているほど明確ではない。

 以下、いくつかの問題点を指摘しておこう。

 一つはネットワークの構築についてである。流通業者とのネットワークとはどんなものなのか。どんな機能を持つのか。参加者は誰なのか。加工・業務用、外食やインターネット販売についてはどうか。それぞれ中味が違っているようにも見えるが、議案を見る限りではさっぱり分からない。こういう用語の使い方は、いたずらに混乱を招くような気がしてならない。

 二つ目は国産農産物の輸出についてである。「中国などにおいて経済発展による富裕層の増加等により、高品質な日本産農産物などのニーズが高まって」いるので輸出促進を図るとしている。JAグループはWTOにおける関税の引き下げや、農畜産物の輸入の拡大に反対している。それは輸入の拡大によって農家の営農が打撃を受けることも、国内の生産体制が破壊されることも反対だからである。これと同じ立場で輸出についても考え方を整理したうえで取り組むことが必要ではないだろうか。そうしないと貿易自由化の旗を振る財界の論理に巻き込まれる危険性を感じざるを得ない。輸出は為替レートの変動によっても有利不利が左右される。量が多くなれば、輸出量の変動による国内市場への影響も考えなくてはならない。こうしたことに対しても整理が必要である。

 三つめは農業関連株式会社への資本参入問題である。出資先は農産物を取り扱う会社のように受け取れるが、日本のこうした会社はほとんど輸入農産物を扱っている。ニーズや為替レートの変動により輸入量は左右される。提携関係であれば国産農産物の取り扱い拡大をお願いしていくわけだが、資本参入となればその会社が他社との競合にさらされた時、経営の維持から輸入農産物の拡大も容認せざるを得ないことも起こりうるわけで、慎重な判断が必要である。

 四つめは、「クリーンエネルギーの活用」についてである。「環境保全型農業への転換の支援」の小項目として書かれている。文章は「JAグループは、バイオ燃料などのクリーンエネルギーの自給や地域特性に応じた太陽・風力・小水力発電の活用などを支援していきます。」となっているが、農協は都市住民と違って自然環境に恵まれた地域に存在しているわけだから、一例を挙げれば「農村の自然資源を活用して地域エネルギーの自給に取組み、地球環境の改善に貢献します」といったような農村の自然維持と関連付けた取り組みとして、大きく取り上げるべきテーマのように思われる。商品の輸出のため農業を攻撃してやまない財界は地球温暖化問題ではきわめて消極的である。地方自治体との連携を強め、全国各地で取り組み、成果を国民にアピールすれば、財界に対しても優位に立てる材料にもなると思われる。

6.担い手対策

 担い手対策は「自給力の強化」という項目でくくられている。自給力は本来農地をどのぐらい確保し、どれだけの量の食糧生産を確保して、国民が安心して暮らせるようにするかという政策の問題で、もっぱら国の責任に帰する問題である。これまで担い手は地域農業の振興のためには担い手の確保が必要という観点から論じられることが多かったと思われる。したがって国の定めた基準に満たなくとも、地域では農業振興の担い手と位置づけて支援してきた農協が多かったのだろう。それが今回は国の基準が前面に出て、農協が国の肩代わりをするような印象になり、いささか違和感を覚えざるを得ない。

 農協が担い手に対しどんな活動をするのか議案の中から拾ってみよう。

まず、第一に地域における担い手として認定農業者、集落営農組織、農業法人、生産部会等を位置づけ、これを育成、農地の面的集約を図ることとしている。また地域・品目別の中心的担い手として家族農業経営、集落営農組織、農業生産法人、JAを含む法人などを育成するとしている。

 第二に具体的な事業支援として、認定農業者、集落営農組織、農業生産法人等を対象に、専任担当者を置き、訪問活動、経営改善個別支援、販売では実需者との結びつき等契約生産や委託販売以外の販売ルートの拡大、生産資材では大口向け一括購入条件等の提案など個別提案の強化を行うこととしている。

 第三に法人(集落営農組織、農業生産法人)とのパートナーシップの構築である。JA事業の総合利用関係を確立するとともに、JAから法人への共同利用施設への運営委託など経営の相乗効果を計ることとしている。

 第四に農協経営への参画である。法人の組合員加入の促進、法人部会等の組織化、必要に応じて法人部会代表の役員への登用を進めることとしている。

 ここで示されている法人は農協の集団的活動に属さない独立経営体であり、農協との関係は個別の取引を行う顧客関係である。また、農協のパートナー企業にもなりうる存在でもある。これまで農協は家族農業経営である組合員の協同活動としての共同購入や共同販売を生産部会や集落組織を通じて進めてきたが、これとはまったく異質の活動を法人対応では進めようとしている。農協としては、正組合員の組織である生産部会や、集落組織に重きを置いて事業を進めていくことになるが、事業の進め方はダブルスタンダードにならざるを得ない矛盾を抱えることになる。

 こうした矛盾は組合員の不信感を募らせることになるから、その解決は、法人との取引内容を組合員に公開し、対応が了解されるものであるかどうか組合員の討議にゆだねるという協同組合らしい方法を取る必要がある。したがって法人との個別取引はある程度の情報開示を前提とするものとしなければならない。法人の側がそういう条件を了解しない場合、取引は成り立たないことになる。法人対応を進めるにあたってこのぐらいの整理は必要と思われる。

 農協内の矛盾を回避するため県域による直接対応という手段が取られるかも知れないが、今度は県域が不信の目で見られることになり、不信感の解消を迫られることになる。

第5章 農協信用事業の戦略の特徴と課題

 本章は、農協の信用事業を取り巻く環境の特徴とその戦略の方向性について検討することとする。

1.農協信用事業を取り巻く環境について

@農協経営にかかる課題認識について−収支は新たな局面に−

議案によると、07年度の農協事業利益は1,729億円と見込んでいる。これは、全中発表の「平成07事業年度JA決算概況」(集計対象791農協)をベースにした予測であるが、同「概況」では事業総利益19,267億円(前年比▲1.2%)、事業管理費17,602億円(同▲1.1)、その結果事業利益は1,665億円(前年比▲2.1%)となっている。特徴的な点は、事業利益の前年比が3年ぶりにマイナスに転じたことであり、またその要因として、前2ヵ年度とは異なり、事業総利益の減少幅を上回る事業管理費の圧縮が困難となったことである。すなわち、減収増益路線が困難となり減収減益に転じたということである。 

事業量の伸び悩み傾向は、組織・事業基盤の脆弱化によって、90年代以降顕著となってきたが、そうした傾向は今後も続くとみなければならないであろう。とくに収益の柱である共済事業は、2000年代に入って頭打ちの傾向がはっきりと現れている。

このような収支の悪化への対応として打ち出されたのが、組織・事業の合理化・効率化であり、人件費を中心とする事業管理費の圧縮であった。しかし、今やそうした路線は採りにくいギリギリの状況になったといわざるを得ない。すでに、これまでの事業の再編、店舗・施設の統廃合、人件費の圧縮等の合理化・効率化等によって、組合員との関係の希薄化等が指摘され、また新たな環境の変化に即した体制整備や事業の企画・強化を進めるための人材配置が困難な状況に立ち至っているといわざるを得ない。

こうした農協経営にかかる課題認識をふまえて打ち出されたのが、個々の農協単位での合理化を超えた「もう一段の合併」であり、事業伸長、さらには目標利益(適正利益)の確保等である。農協経営は、一層厳しい「新たな局面」に入ったという課題認識は首肯できるにしても、その対応方向についてはこれまでとは異なった協同組合らしい事業展開からの視点も必要であろう。

A当面の農協の収支予測について

そこで、まず対応方向の前提となっている農協の収支予測について検討してみたい。議案では、07年度の事業利益を1,729億円、さらに08年度もほぼ横這いと仮置きし、0911年度における収支変動要因を加味した0911年度までの農協事業利益の予測を行っている。その前提として、まず、事業管理費を毎年度155億円ずつ減少させること、事業総利益では毎年度の減少幅として、共済事業▲149億円、購買事業▲131億円、信用事業▲129億円、合計409億円づつ減少を見込んでいる。一方、引当・償却コスト(購買未収金・信用事業不良債権の処理)は、今後さらに増加する環境にないとの判断で、毎年度472億円の処理コストを見込み、最終的には、毎年度の事業利益減少幅(対08年度比)で、09年度は▲727億円、10年度は▲981億円、11年度は▲1,235億円と予測している。その結果、091011年度の事業利益はそれぞれ、1,002億円、748億円、494億円と試算している。

この試算の詳細は不明だが、問題は08年秋の米国発の金融・経済危機によって、農林中金はその財務内容が大きく傷ついたこと、そして093月期決算(単体ベース)では、経常利益▲6,100億円、当期純利益▲5,700億円と、かつて経験をしたことがない大幅な赤字に転落した影響が、どれくらい織り込まれているかである。農林中金の0912年度までの「経営安定化計画」では、系統信用事業への利益還元は奨励金を中心として約3,000億円は保証するというものの、4年かけて財務を安定的配当が可能な状態に戻すというもので、農協の信用事業への影響は単年度の収支にとどまらず長期にわたることは明らかである。

すなわち、農林中金の赤字決算が続く限り、出資配当(後配出資も同様であり、今回の増資による影響も大きい)、特別配当はゼロになる可能性が高い。ちなみに、07年度の奨励金以外の利益還元をみるとは、好決算を背景に農林中金への普通出資に対する配当金は170億円で、農協系統の出資割合が約9割であることを勘案すると、約150億円の減少となる。また、特別配当金は446億円であるが、農林中金への預金残高のうち、農協・県信連の定期性預金の割合は95%を占めており、それを勘案すると最大で420億円程度の減少となる。農協・県信連への普通出資配当、特別配当への影響は、極めて荒い試算であるが、07年度対比で合計500億円を優に越える額の配当金が減少する可能性がある。そしてその影響は、08年度決算から始まり、農林中金の財務の修復度合いにもよるが、長くにわたって相当程度の影響を受けざるを得ない。

こうした点を勘案すると、大会議案の信用事業の事業利益減少幅は小さすぎるきらいがあり、全てが農協への影響というわけではないが、統合県、県農協では直接的に、それ以外は県信連の経営体力にもよるが、県信連から農協への配当金も間接的に影響を受けることになる。大会議案の試算は、現在の趨勢のまま推移した場合はこうしたシナリオも想定されるとするものであり、約半数の県域の農協で赤字の懸念が生じかねないとしているが、いづれにしても極めて厳しい収支状況が予測される。

2.実践事項について

こうした厳しい予測を受けて、それへの対応方向と実践事項についてみてみたい。

@目標利益(適性利益)の設定と確保

目標利益は、「自らの存続・成長を可能とする内部留保を踏まえた」水準とし、「信用・共済事業を収益源に、地域における営農・生活事業や各種活動を戦略的に展開する」としている。そして、具体的には組合員・利用者への還元・配当や事業・活動等の機能・サービスを提供するため財源を確保し、現状程度の自己資本比率を維持していくための目標利益(適正利益)として、農協全体で07年度並の事業利益、1,729億円並みの確保が必要と結論づけ、各農協それぞれの目標設定とその必達を提起している。

しかし、その具体策となると議案からは浮かび上がってこない。それはやはり、合理化・効率化、すなわち新たに打ち出された「もう一段の合併」と「県域等を単位とし機能集約による効率化」ということであるが、信用事業でいえば、「農業メインバンク」(農業融資体制の強化)や「生活メインバンク」としての機能強化(重点推進事項としてのJAバンクローン・住宅ローン、JAカード・年金口座獲得の目標達成等)ということであり、具体策としての新鮮味はとくにはない。

A県域等を単位とした機能集約による効率化とその狙い

ポイントは、「もう一段の合併」と「県域等を単位とし機能集約による効率化」を打ち出している点であろう。今回の大会では、「県域等」を単位とした合理化・効率化が随所に現れている。それは、信用事業の事業別戦略として、営業体制の強化(県域営業戦略策定、渉外体制強化支援)、年金推進・相談体制強化(「県域年金センター機能」確立、県域センターを中心とする情報収集・相談・推進体制の構築)、さらには県域ローンセンター構築、県単位のローン営業戦略・営業構築といった、「県域センター」の機能の確立や体制の構築である。以下、その概略についてもう少し掘り下げてみたい。

 まず、「JAグループの事業伸長と効率経営に向けた対応」(p52)では、「県域等を単位として、あたかもひとつのJAのような機能集約を行うことで、新たな効率的事業運営体制を確立する」とあり、またこれは「JAと中央会・連合会(含む県本部)の現行の機能分担・リスク分担をも直すものであり、効率化の手法そのものを従来から変革する」とされている。すなわち、「新たな効率的事業運営体制を確立」とは、従来の延長線上ではなく、「手法」そのものを変える新たな「県域戦略構想」といえよう。

ちなみに、「県域戦略」的な発想が出てきたのは、前回24回大会であろう。その発想は、全国一律ではなく、地域(県域)の実情に応じて県域戦略を策定し、さらにそれに基づきつつも各農協の地域特性や実体に応じて中期計画・事業計画を策定・実践するといった組立て(後者に力点)であったようにみえた。しかし今大会の「県域等の機能集約」は「県域一本化」を前提とした各種センターを軸にした構想で、その指令等は県域センターにあり、各農協はその代理店的な存在として想定しているようにみえる。

たしかに、今大会議案にも総合事業体としての事業推進や協同活動の強化等について、「地域特性を踏まえたJA の戦略の策定と実践」(p48)のなかで、地域特性が一見強調されているようにみえる。しかし、その地域性とは地域農業振興(正組合員基盤の維持・拡大)と「消費者・地域住民への事業・活動の拡大」(新規組合員の加入促進)の機械的マトリックス程度にすぎなくもない。あくまで重点は、「県域等を単位とした機能集約による効率化」にあり、今回大会の本質的狙いは、合理化と新たな事業・組織の「県域」による再編にあるといえそうである。

それは、事業・組織・運営、すなわち総ぐるみでの徹底した県域での合理化と再編であり、あたかも県域を単位とした事業本部制への再編のごとくでもある。その先には農協の総合事業解体と窓口化があり、経営主体としての農協の否定へ繋がりかねない危険性をはらんだものといえよう。それはまさに、協同組合の精神とは相容れない「上意下達方式」の事業・運営になりかねないものである。

そこで、信用事業についての事業伸長と効率的経営の具体策を「新たな効率的事業運営体制のイメージ」(p53)からみてみよう。まず、各農協に共通する機能の県域への集約について、@事業推進にかかる企画機能(チャネル戦略、人材戦略、重点商品営業施策、金利手数料戦略)、A専門機能戦略(県域農業金融センター、県域ローンセンター、県域年金センター)、B後方事務の集約(県域事務集中センター)、の3つの例示がある。また、広域(ブロック)での機能集約については、信用事業については記述がなく、事業の性格からして、広域レベルの集約の必要性はないということであろう。

さらに、全国レベルの機能集約については、@事務・商品の統一、A顧客接点媒体(通帳・カード・交付書類等)の統一と作成・交付業務の全国集約、B全国共通インフラの強化(ローン保証業務、不良債権回収業務)があげられている。これらは、金融商品の開発や事務処理におけるシステム化が前提とされる分野であり、比較的効率化が可能で組合員等との対面性が損なわれるといった心配はない。

問題はやはり、前述の県域への機能集約のひとつである事業推進にかかる企画機能と専門機能の集約化であろう。「後方事務の集約」を除くと、「企画機能」を含めて実質的な業務展開は県域の農業・ローン・年金の各種「県センター」が指令塔になり、それを軸に展開される構想とも受け取れる内容である。それは、人事・労務においても「県域戦略を踏まえた人事戦略」というかたちで補完される格好となっている。

これらは、効率的事業運営体制構築にかかる「機能・リスク分担等の考え方」(p53)にも現れている。そこでは、ケース1「JAに共通する業務(例えば後方事務)の県域・全国一元的集約」、ケース2「JAと連合会の機能分担を見直し、効率化を図る」、ケース3 「事業にかかる勘定やリスクをJAから連合会に移転し、JAは事業の受託者として窓口機能、顧客対面機能等を発揮」の3つのケースが想定されている。ケース1および2は、IT・システム化や事業特性を踏まえた機能分担の見直しは肯定できる点といえるが、ケース3については、農協信用事業のこれからの展開方向を左右する論点が含まれているといわざるを得ない。この延長線上には、農協の信用事業主体は、農協ではなく、各種県域センターの機能を統括する連合組織に移り、農協はその連合組織の「支店」「窓口」化していく可能性が否定できない。

またこの点に関して、信用事業の事業別戦略(p60)において、「機能の集約等による効率化・コストダウンと競争力の強化」(10年後を見据えた仕組みづくり)において、「全ての県域において、県域本店がJAと直結・一体化し、県域全体としての経営資源が最も有効に発揮し、組合員・利用者へのサービス提供が戦略的にできる『県域共同事業運営態勢』構築を志向する」とされている。ここでいう「県域本店」とは何を指すのかは今ひとつ明確ではない。しかし、取組み事項には「県域本店をひとつの金融機関とみたてる」「県域本店とJAの一元的な目標進捗管理態勢の確立」「農業融資、ローン、年金等の専門機能について、県域的に対応し、JAと一体的に機能する姿」とあり、各種県域センター機能を統括する前述の連合組織が想起される。すなわち、その組織(「県域本店」)が、各農協の店舗単位の総合収益、目標進捗管理および取組みを統括していくという方向性が、10年後の農協系統信用事業の姿なのであろう。

農協の経営主体としての存在を軽んじ、目標利益を最優先するという本音が見え隠れしているといってもよい。地域実態を踏まえた農協信用事業の「企画力」を吸い上げて、果たして組合員等に対する対面性重視の事業・活動を展開できるか疑問である。

3.JAバンクシステムの展開と農協信用事業 

@JAバンク構想の一層の深化

こうしたJA大会の議案は、近年、行政サイドからの農業・農協政策および農協各事業の具体的な展開方向と密接な関係を持つようになってきている。それは、2000年の第22回大会以降、顕著な傾向となっており、とりわけ、住専処理および金融制度改革のもとで農協系統の組織・事業改革が喫緊の課題とされ、全中(各連合会)、自民党、農水省が一体となってその課題への対応方向が検討された時期とも重なっている。そしてそれらの検討は、96年の「農政審議会報告」に始まり、2000年の自民党農林部会の農協改革に関する取りまとめ」、同じく農水省経済局長私的検討会の「農協系統の事業・組織に関する検討会」における「農協改革の方向(案)」における農協系統組織再編への「提言」に収斂していく。そこでは、農協信用事業について、「系統が全体として一つの金融機関として機能する農協金融システム(JAバンク)」「破綻未然防止」、さらには「農林中金主導による再編」を骨子とする方向性が打ち出され、JAバンクシステムはそうした流れのなかで創設された。

「一つの金融機関」については、当初「あたかも一つの経営体」と表現されたり、また「限りなく1経営体に近い系統組織の形成」であったりしたが、農協合併の広域化や信用事業を取り巻く経営環境が厳しくなるなかで、第23回JA大会以降の議案のなかでもより実態的に「一つの金融機関」としての方向性が強調されるようになってきている。そしてそれは、JAバンク構想の深化の過程といってもよいであろう。

A農林中金の急速な収支悪化と農協系統信用事業の展開

農林中金は、昨年秋以降の急速な財務および収支の悪化を踏まえて、09年度から4年間にわたる「経営安定化計画」に取組むこととなっている。その計画目標の2本柱は、@安定収益還元を可能とするリスク管理、資金運用体制を再構築し、安定的配当が可能な財務状況に回復すること、A会員および農林水産業への貢献を第一として、協同組織中央機関の機能発揮に取組む、としている。とはいうものの、農林中金はこれまでの「ビジネス・モデル」における「経営目標の両翼」、すなわち農協・県信連・農林中金が一つの金融機関としての総合的戦略の樹立する系統信用事業の成長戦略(JAバンク中期戦略)と農林中金が独自に担う国際投融資戦略の双方を堅持することとしている。

これらは、JAバンクシステムにおける役割(リテール本部機能)の遂行と国際分散投融資等による収益確保を通じた安定的な還元等という、これまでの農林中金の基本的な役割は変わるものではない。むしろそれらを通じて存在感のある金融機関となることが基本目標であるとしている。そして、25回大会議案には、JAバンクシステムが現段階で抱える課題としての「県域等を単位にした機能集約」による新たな再編を基本的枠組みとし、その上での数値目標管理の強化を盛り込んだ「事業伸長と効率経営」が、直接反映しているとみてよいであろう。

加えて、JAバンクの基盤強化・効率化に取組むなかで、「中央会・JAバンクの指導一元化(全中・金庫のワンフロア化)、監査機構検査・内部監査充実への協力によるJAの健全性確保」が新たに盛り込まれているのも、今回の議案の特徴点である。これはJAバンクシステムの「破綻未然防止」に関する態勢整備の仕上げともいうべきものであろう。また、「経営安定計画」と25回大会の目標終了時の到達点が重ねあわされており、そうした意味においては、今大会は農林中金の当面の危機突破とJAバンクシステムの一定段階の仕上げとして位置づけられているとみてよいであろう。

これまで述べてきたことを総括すると、今後の農協信用事業は現在の展開方向を続けるならば、農協信用事業は農林中金という巨大な投資銀行の資金調達部門を担いながら、その支店・代理店としての限定した金融サービス提供する代理機関となる道に辿り着くことになる。そうではなく、自立性を一層発揮して、組合員等の営農とくらしに密着した協同組合金融としての方向に立ち返るのか、組合員等からの声をくみ上げながら、そうした視点からの十全な検討が今まさに求められているといってよい。

6章 人事・労務対策の特徴と課題

1.議案における人事・労務対策の位置と組み立て

 議案は「大転換期に突入した」農協が、「新たな協同の創造」を掲げて、「農業復権」「地域貢献」「経営変革」をすすめることを通じて、時代に即応した組織・事業・経営を確立する方向を示そうとしたものと思われる。しかし、これまでの分析で明らかなように、その要は、組織・事業基盤の後退を前提とした予測される大幅減益にどう対応していくかという経営対策にほかならない。外向けのお題目ともいえる「農業復権」「地域貢献」は具体性に乏しいうえに、農政の見直し等の重要な部分を先送りしたままのものであり、内向けの実践方策である「経営変革」についても、総審答申や農水省の研究会の検討結果待ちの感が強く、枠組みだけつくって中身は後からいかようにでも埋めていくことができるような曖昧さをもったものに過ぎない。唯一数字もあげて明確にされていることは、予測の根拠や推測が曖昧であることは措くとしても、現在の事業利益水準を維持していくために、収支予測による収益減少分をカバーしなければならないという課題だけである。

 「経営変革」の冒頭に掲げられたチャートから、そのことを明確に読み取ることができる。左頁に「環境変化」の内容として「経営をめぐる現状」を整理し、「組織基盤の脆弱化・多様化」からくる「事業量の減少」による収益減を、この十数年来の「(広域)合併の進展」で「経営資源の再配分等、効率化に着手」し、「事業管理費の削減」をはかり、事業利益の改善を進めてきたが、その効果は年々鈍化し、これらによる「合理化効果は一巡しつつあり、もう一段の合併により規模拡大を追求しない限り、個々のJA単位でのさらなる合理化には限界感」があるとしている。つまり、これまでの手法の延長では乗り切れないというわけである。そこで、中央の位置にこんごを予測した中心課題である「全国で1200億円超の収支悪化、約半数の県域での赤字懸念」を払拭するためには、「事業・活動強化による組織・事業基盤の拡充」「もう一段の合併」「県域等を単位とした機能集約による効率化」が必要だとし、右端に五つの「実践事項」提起している。五つのうち、「JAらしい経営スタイルの確立」「総合事業性を発揮するためのJAの健全経営の確立」「組織基盤の拡充と事業基盤の強化および組合員との関係強化」「活力ある職場づくり」の四つは、たとえその実効があったとしても、懸念される収支悪化・赤字化に対応する即効性を望むことはできない事項であり、期待できるのは「JAグループの事業伸長と効率経営に向けた対応」に示されている「新たな効率的事業運営体制の確立」ということになる。それは「事業・活動の強化と経営の高度化を前提に」「効率化可能な部分については、各JAの枠組みを越えて」「県域をひとつのJAとみなした機能集約を行うことで」確立するものとしている。

 その「新たな運営体制」がどのようなものかは、すでに分析・検討してきたところであり、ここでの課題ではない。ここでは、このチャートの組み立てから、これまでの広域合併・連合会統合の組織再編以降の組織・事業いじりにともなう人員削減・人件費の抑制が、農協の収支改善の切り札としての事業管理費削減の中身であったこと、それが「限界感」をもたざるを得なくなったので、新たな組織・事業いじりをしようとしていること、それによって新たな人員削減・人件費抑制による事業管理費削減が、「経営変革」の要であり、行きつく先であることを指摘することにとどめておこう。

 人事・労務対策の中身に入る前にもう一つ指摘しておかなければならないことは、このように「経営対策」として唯一期待していると思われる人員削減・要員管理・労務管理にかかわることが「実践事項」のあちこちに触れられていることと、さまざまな計画のなかで具体化するという扱いになっていることである。中心的には「JAグループの事業伸長と効率経営に向けた対応」の「事業別戦略」で、各事業と並列に位置づけて、人員計画・要員計画の策定を提起し、労務管理については「実践事項」の五項目めに「活力ある職場づくり」としてくくっている。内向けとはいえ、「派遣切り」「非正規切り」で企業の社会的責任が問われる今日、「農協よ、お前もか」と揶揄されるのを避けたのではないだろうが、

位置づけが明確なわりに、数値目標を打ち出し切れないところに組織・事業いじりの姿のあいまいさがあるといえよう。「収支予測」では、155億、310億、466億と事業管理費削減予測を示していることともちぐはぐさを感じざるを得ない。問題は、人員計画・要員計画を各種の計画のなかに織り込むことにしていることである。すでに見てきた「県域戦略」のように、「県内のすべてのJAが参加することを前提」に「組織決定」ですすめられるようなことになれば、その方策は議案で数値目標を定めること以上の強圧的なものになる危険性をもっているといえよう。

2.人事・労務対策の問題点

 前項の議案における位置づけからも明らかなように、人事・労務対策の最大の問題点は、ここ十数年の組織・事業いじりによる「減収増益路線」=人件費削減による事業管理費削減依存の経営のあり方が、まったく無反省に踏襲されていることである。合併・統合、会社化・分離などのもとで、人員削減・非正規労働者の増大、非人間的な人事異動・配置が繰り返され、組合員・地域、連合会にあっては単協との協同組合の担い手としての接点が極端にうすれ、働きがいを失う事態がつくり出され、組織・事業の基盤を自らほりくずしてきた現実を直視すれば、「さらなる合理化に限界感」を、議案とはまったく違った意味で感じるはずである。農業や地域の衰退なども、農協の組織・事業の後退の大きな要因であることは間違いないが、人事・労務に関していえば、今日の職場の状態をつくり出すうえで、それ以上に大きな要因となったのは「減収増益路線」にもとづく対策であったからである。議案が「大転換期における新たな協同の創造」と銘打って出され、「経営の変革」が謳われていることからすれば、「効率優先」社会から脱却し、「企業の論理」に基づく経営の変革をイメージ、切望したくなるような職場の状態なのである。残念ながら、議案の人事・労務対策は、コンプライアンスやメンタルヘルスなどが繰り返し強調されなければならなくなっている労働の質の低下、強いては労務効率の低下をきたす事態の根本原因を取り除こうとするのではなく、これまでの対策を踏襲・徹底することに終始しているといわざるをえない。

 そのことをふまえて、議案の対策を見ると、「事業別戦略」の人事・労務対策は、「県域戦略実践プランをふまえた人事戦略を展開」するとしていることに注視する必要がある。各県域で中央会を中心に連合会が事業ごとの効率化・収益向上・事業伸長等の施策をとりまとめ、その内容を盛り込んだ各JAの計画の総体を「県域戦略」として県域一体で実践するもので、事業計画と連関した人員計画、「選択と集中」にもとづく事業ごとの要員計画を策定するとしている。ここには、求められている事業・業務を担う体制をどうつくるかという視点はなく、効率と収支を基準にした体制という、根本的に問い直されなければならない欠陥をもつとともに、中央会主導の県域の「組織決定」で有無を言わせず実行させていこうとするねらいをあからさまに示している。「積極的・効率的な採用活動の展開」として「県下JAで連携しての採用活動の展開」を検討するとか、「中高年職員の知識・経験の有効活用」として「県域トータルでの中高年職員の活用策等」を検討するとしていることも、組織・事業いじりにもとづく人員削減・人件費抑制と、その強圧的な促進を意味しているといわざるをえない。広域合併・連合会統合にともなう人事・労務対策のもとで、多くの有為な人材を失ってきた現実をふり返れば、これらの「人事戦略」がいかに無謀なものであるかを見ることができる。別項で「効率的な業務運営を確立することで生じたJAの人員余力をもって、各JAは事業・活動のいっそうの強化に向けた推進体制を構築する」としていることからも、広域合併の繰り返しで機構・体制をスリム化し、だれかれなく外務活動に配置し、退職せざるを得ない事態をつくり出して人員削減していった従来の方策を追っているという印象をぬぐえない。しかもそれを、県域で農協と中央会・連合会一体のもとですすめようとするものである。

 労務対策・労務管理を扱った「活力ある職場づくり」も、同じように無反省に従来の路線を踏襲したものになっている。四つの事項のうち踏襲色の強い、「人材の確保・育成」「トータル人事制度の確立・運用」「退職金・企業年金制度対策」について、すでに明らかになっているいくつかの問題の指摘し、今日の職場の状態からすすめていくべき積極的な意味合いももつと思われる「人を育てる職場づくりと職員の参加・参画」についてここでは検討する。

 指摘しなければならない第一のことは、「人材の確保・育成」の項で、「JAと中央会・連合会の人事交流による人材の確保・育成」をあげ、「県域に機能集約を行う業務に必要な人材の確保」や「県域機能発揮に必要な人材の確保」について、「事業ごとの組織戦略をふまえて検討する」としていることである。これは、先の人員計画・要員計画の項で触れた県域トータルでの計画とも関わる問題であり、注視しておかなければならない。

 第二のことは、トータル人事制度の確立・運用について、なんらかの制度が導入されている職場の多くで、人件費の抑制とともに、職員間や職場に混乱をもたらしているか、運用が形骸化しているという現実をまったく無視していることである。「適切な運用」と控えめに適切に運用されていないことを認めたうえでのものといえるかもしれないが、そうであればなおのこと、「害あって益なし」の制度に拘泥することなく、だれもがいきいきと働ける協同組合の職場にふさわしい制度をこそ確立する方向にすすむべきであろう。

 「人を育てる職場づくりと職員の参加・参画の促進」は、「人を育てる職場づくり」で、学習し、自ら考える職場、部署横断的な共通認識、職員相互間や組合員・役員との接触を、

「活動への参加・参画による職員満足度の向上」で、組合員との接点増、組合員との協働、それによるモラル・満足度の向上を、そして「協同活動をサポートする職員の育成」で、コーディネーター養成研修、地域リーダーとしての支所長教育を掲げている。表現の多少の違いはあれ、いずれもいまの農協・連合会の職場に欠かせないことであり、トータル人事制度の確立・運用よりはるかに力を入れてとり組むべきことだと思われる。しかし、職場の現状をふまえると、いずれも無い物ねだりの域を出ないし、率直に言って本気ですすめようとして掲げたのか疑問をもたざるを得ない。なぜなら、この間の組織・事業いじりに基づく人事・労務対策こそが、これらを職場から奪い、職場の活力を消し去ったからである。したがって、これらを一つでも現実のものとして職場に定着させていこうとするなら、「経営変革」の従来路線の踏襲型からの脱却が求められからである。従来路線の総括・反省なしには、実効性を求めることはできない。

 人員不足や非正規労働者の増大、だれもがおかしいと思わざるを得ない人事異動の横行、納得のいかない処遇など、職場の活力、労働者の働きがいや意欲を奪う事態が、いま職場を覆っている。それらは、広域合併・連合会統合を契機とした協同組合の変質、営利企業的な人事・労務対策の導入と一体のものとして広がってきた。その最たるものは、合併・統合による業務のタテ・ヨコの「ライン労働化」ともいえる変化である。担っている分野は違っても、組合員や地域、連合会にあっては単協と総合的につながり、したがって職場でも担当分野横断的に相互理解し、協同・連帯する基盤があった職場は、部門採算や効率追求の体制のもとで分断され、孤立化し、部分労働化が一気にすすんだ。タテの関係でも、単協内での本支所関係、単協・連合会間で、いっしょに問題にぶつかり、苦労して解決していくといった業務の連携・協働の関係がくずれ、指示・管理する側と受ける側に分断されてきた。一コマ一コマを担わされ、管理されている限りでは、各事業のつながりで農協が成り立っていることも、組合員・地域、単協、連合会がつながって一つひとつの仕事が成り立っていることも、理解することはできなくなる。協同組合労働の特性である人と人のつながり=協同を組織し、担っていくことも、総合的なつながりを力にしていくこともできなくしておいたままでは、「活力ある職場づくり」は現実を覆い隠すかけ声でしかない。

 しかし、かけ声にしろ、かけざるを得なくなったことをふまえ、少しでも現実のものにしていく足がかりにできる条件があることを、どう活かしていくかが課題である。

3.職場活性化に求められること

 以上の検討をふまえて、おわりに職場活性化の課題を整理しておこう。もとより、農協の基本姿勢ぬきに職場活性化だけがひとりすすむわけではないが、職場の活性化の分野での努力も基本姿勢を変えていく力になる。ここまでの検討でも明らかなように、今日、農協の基本姿勢と人事・労務対策が完全に一体のものになっており、その点からもいま切実に求められているといえよう。

 求められる第一のことは、協同組合としての組織・事業改革、協同組合としての職場をめざしていく合意づくりをあらゆる段階で広げていくことである。職場の同僚間、管理職、そして理事者との間で、可能な範囲の改革への合意をつくっていく。そのためには、現状の問題点を、事業を伸ばしていくためにも不都合であることを事実をもとに明らかにし、だれもが否定できないこととしてはっきりさせていくことが欠かせない。問題点の共有は、改革と職場づくりへの参加の土台であり、相互理解・相互尊重を深める道である。

 第二には、組合員・単協・連合会の相互の接点をより大きく豊かにしていくことを通じて、協同の仕事を発展させる努力を重ねていくことである。事業を推進する関係や管理する関係でのつながりだけになる傾向を強めてきたなかでうすれてきてしまっている丸ごとの人と人とのつながりをとりもどしていくことは、お互いに相手の立場から自分の仕事を見つめ直すことを深め、仕事を通して、農協全体をより広く見ることができる条件をつくり、協同組合としての職場の発展を保障していくものである。

 第三には、農協の総合性、系統性を活かした仕事の体制と運営を追求していくことである。部門採算や効率性の追求のもとで、タテ割の徹底がすすみ、農協全体が見えなくなってきている。営農担当の間でも、極端な場合は広域の作目担当になり、同じ組合員のところを担当作物の違う二人の指導員が同時に訪ねるといった笑えない事態さえ起こる状況で、農家とのつながりというより、作目ごとの推進でのつながりになっている現実がある。また統合の強まりのもとで、系統間の機能分担が徹底され、各段階の担当者間で仕事を共有することがなく、仕事がどう完結するのかが見えないままに置かれている場合が少なくない。これでは、働きがいも働く意欲も失われて当然である。こうしたことを放置せず、可能なところから総合性、系統性をとりもどす努力をしていくことが欠かせない。

 第四には、協同活動を組織する労働をとりもどしていくことである。もともと農協の仕事は、農民の協同活動が発展・分化して生まれたものである。農協の仕事の原点である組合員の協同活動を組織していく仕事を、今日の農業生産のあり方、地域でのくらしのありように即してとりもどしていくことが、協同組合としての職場、協同組合としての事業を発展させるカギになる。それぞれの仕事の分野で、そのことを意識的に追求していくことができれば、活力ある職場をつくっていくことができるに違いない。

 最後に第五には、だれもが納得のいく人事制度・待遇、臨時職員やパート労働者を含めた位置づけを明確にしていくことである。協同の業務を担っていく職場が、身分差別や差別的な処遇を許したままであることは、組織や事業のゆがみを放置することにつながる。季節的な雇用など、かつての農協で一般的だった臨時やパート労働者は、それなりの働く側の条件にあったものとして位置づけられ、正職員との間でお互いにその役割を認め合えた協同業務の担い手であった。現在のそれは、まったく性格が違う「非正規労働者」で、主として経営上の理由だけから、正職員とされていない。本人の意向を踏まえて、このような事態を是正していくことが、職場活性化にとっては欠かせない。また「害あって益なし」ともいえるトータル人事制度なども、一気にはすすまないにしても、制度内容に公開性を高めていくことなどを通じて、協同活動を担うに相応しい制度に転換していくことをねばり強く追求していくことが必要であろう。