【受託研究報告書】



              第26回全国農協大会議案分析






     はじめに
 第1章 第26回JA全国大会議案をどう捉えるか
 第2章 「地域農業戦略」の核としての「地域営農ビジョン」をめぐる課題
 第3章 多様な担い手の位置づけと役割
 第4章 「地域くらし戦略」をめぐる課題
 第5章 「経営基盤戦略」をめぐる課題










2012年7月

農業・農協問題研究所


はじめに

本報告書は、農業・農協問題研究所が2012年度に全農協労連から受託した「第26回JA全国大会議案の分析」の報告書である。研究所としては受託後ただちに事務局を中心にチームを組み、事務局外の会員の協力もいただきながら報告書の作成に当たった。分析に当たっては、新潟県、長野県の農協関係者等のヒアリングもさせていただき、時間の許す限り実態を踏まえる努力をした。
 大会議案(執筆時点ではなお組織討議案であるが、以下では「議案」とする)は、第1部の全体像と第2部の実践指針から成り、ともに内容的には農業・くらし・農協経営の三本柱から成っている。そこで本報告書も、全体像、地域農業戦略、地域くらし戦略、経営基盤戦略に即して章立てした。ただし議案の「担い手」は「担い手経営体」と「多様な担い手」に分れているので、本報告書でも地域農業戦略は二章を充てることにした。経営基盤戦略の末尾の「各事業の実践」についてのコメントは割愛した。事業伸長型経営への転換を主題の一つにしながら、その新機軸に乏しいのも議案の一つの特徴である。
本報告書を作成に当たっては、本研究所、各県支部等での研究会等での発言等をはじめ、上記の方々以外にも多くの方々のご協力をいただいた。記して感謝申し上げたい。なお本報告書の執筆責任は、本研究所事務局が担うものである。























第1章 第26回JA全国大会議案をどう捉えるか

1.大会議案の特徴と課題
早いもので、世紀転換期には2000年、2003年、2006年、2009年と既に過去4回の全国農協大会が開催されている。今回が第5回目になるが、2010年代を迎え、これまでとはかなりトーンを異にする議案だといえる。これまでは端的に言って、農協経営の悪化、財界の農業攻撃、それを受けた農政の「農協改革」の指令の下で、広域合併、支所統廃合、残置支所の金融支店化、事業縦割り制の強化、とくに生活事業等の廃止、外部化等の強行が盛り込まれてきた。
 しかるに本大会議案は、「人件費を主体としたコスト削減によるリストラ型経営は限界レベルにあり、事業伸長型経営への転換をめざ」すとしている。そして「広域合併のもと支店統廃合をすすめているが、小規模支店から基幹支店まで地域実態に応じて支店は多様です。多様化する組合員とJAとのつながりをより深めるため、改めて組合員・地域の身近な拠点としての機能をそなえる支店を核にして、多様な世代の多様な組合員や農業・地域の課題に向き合います」としている。また「事業部門毎に戦略・目標・商品などの縦割り化がすすみ、組合員にとってのJAの強みである総合事業性が見えづらくなっています」と総合性発揮をうたっている。これらはひとまずは大きな「転換」だといえる。
議案を開くと、まず後扉に「JA綱領」が掲げられている。これは従来も同じだが、本議案では加えて「協同組合原則」も掲げている。恐らくそれは、たんに今年が国際協同組合年に当たることを意識したものだろうが、従来の農協のあり方、そして今後の農協のあり方を協同組合原則に照らして再考しようとするのであれば、歓迎されるべきことである。
また議案は、農協の現状に関する危機意識に貫かれている。その危機意識は、討議が進むにつれて、具体的数字を省いたりしてうすめられているが、@70歳以上の高齢組合員が相当数を占め、その世代交代により組合員が16%減少する。A事業別総利益が、共済・購買事業をはじめ軒並み減少している。信用事業も減益を続けるようになった。B正准組合員数が逆転したが、准組合員対策に取り組む農協数は減少している。C農協も行政とともに大規模経営の育成に努めてきたが、育成すればするほど農協から離れていく。これらの危機に応えようとしたのが、先の転換であろう。
議案は、主題として「協同組合の力で農業と地域を豊にする『次代へつなぐ協同』」を掲げている。そして「JAグループがめざす姿(10年後)」を掲げ、「めざす姿を実現するための戦略と実践事項」として〈表1〉を掲げている。この表が議案の全体像をよく示していると言えるので、まずこれをじっくり見る必要がある。
10年後の「めざす姿」を考えるといっても、現実の農協は日々の経営対応に追われていて、とうてい10年後を考えるには至らないのが現実だろう。全国大会は3年ごと開催されることになっており、それが10年というスパンでの提起をすること自体が奇異でもあるが、一応は〈表1〉は10年プランと置いておこう。
 そのキーワードは、「次代へつなぐ」(組合員後継者対策)と「支店を核に」(以下では「支店重視」と簡略化して表現する)である。だが、実践事項で「次代へつなぐ」が出てくるのは地域農業戦略と経営基盤戦略であり、「支店を核に」が出てくるのは地域くらし戦略のみである。つまり支店重視といってもそれは主として「くらし」についてであることに留意する必要がある。
 この「支店重視」にはとまどいの声が多い。一つには「従来路線に従って、地域・組合員の抵抗を押し切ってやっと支店統廃合に踏みきったのに、今さら支店重視といわれても…」という声である。二つにはひと口に支所・支店といっても、基幹支所、総合支所、金融共済支所、金融支所、金融も貸出し抜きの支所等、農協によって、また同一農協内でも支所の態様はさまざまであり、それを一概に「支店重視」といわれても…というとまどいである。いずれも個々の単協の関係者にとってはもっともな反応である。
しかしながら議案の支所の平均像は、中学校区、昭和合併町村、旧農協エリアごとのそれである。そういうエリアを農協の基本的な地域単位と考えることは妥当だといえる。支所重視の方針もそういう支所像をひとまずは前提として検討してみるべきだろう。そのうえで地域・単協ごとの現実に照らしてさらに検討すべきである。「ウチとは事情が違う」ということで片付けてしまうと検討が深まらないといえる。
従来路線は広域合併、支所統廃合を強行してきた。ありていにいえばそれに伴う組合員利便性の低下をカバーすべく提起されたのが、TACをはじめとする各種「渉外」等の設置であろう。とすれば、いきなり支所重視をいう前に、支所統廃合に伴う代替措置としての「渉外」等が、代替措置や新たな措置として有効だったのかの検証、あるいはその有効性を高める手立てがないのか、の検討と合わせて、支所重視も検討する必要がある。
なお農協により「支所」と呼んだり、「支店」と呼んだりしている。恐らく、総合性を残している場合には「支所」と呼び、金融支店化してしまった場合には文字通り「支店」と呼んでいるのではないかと思われるが、以下では本報告書も「支店」に統一する。
かくして議案の最大の特徴は、リストラ型経営・支店統廃合・事業縦割り制から事業伸長型経営・支店重視・総合性追求への転換にあるといえる。問題は、このような「転換」の意識が議案にあったとしても、それは、a.広域合併、支店統廃合等の従来路線の延長上で可能だと考えるのか、それともb.従来路線そのものの検証・反省・転換としてしかあり得ないのか、である。
 議案がそのいずれを考えているのかは定かではない。aだとすれば、それは果たして可能だろうか。結論的にいって無理だろう。そこでbだとした場合に、これまた、ここまで合併・統廃合・外部化が進んでしまった現状で、それがどこまで現実に可能なのか。これは議案の問題であるとともに、実は個々の地域・単協の主体的課題でもある。以下ではどうしても議案批判が先に立つが、それは単協としては天につばすることにもなりかねない。議案は主体的に受け止められるべきである。
以下、3つの戦略について概観する。

2.地域農業戦略 
 第25回大会で地域農業戦略の策定を打ち出したが、具体的な農業振興策や担い手確保が展望できていないとして、議案はまず「地域農業ビジョン運動」を提起している。すなわち「農家組合員が主体となり、JAと行政が一体となった支援体制のもとで、集落毎に徹底して話し合い、自らの営農とくらしの向上と地域農業と農地の継承を図る『地域農業ビジョン』(人・農地プランを含む)の策定・実践を支店を拠点に展開します」としている。
このビジョンはカッコ書きにもあるように農政の「人・農地プラン」と同じものである。しかるに民主党農政の「人・農地プラン」は「TPPの受け皿作り」として提起されたものである。農協としては、その側面に対する厳しい批判抜きに同じプランを策定するわけにはいかないはずである。議案は「地域農業戦略の実践」の末尾に「TPP交渉への参加断固反対」を掲げているが、「プラン」そのものの性格批判を具体化する必要がある。
ビジョンの策定・実践は「支店を拠点に」となっている。支店エリア(中学校区程度)を拠点に地域農業ビジョンを策定すること自体は適切だといえるが、前述ように、その多くが金融支店化してしまった現実の支店にその力があるかが問われる。言い換えれば、地域農業ビジョンを策定・実践できる支店になるにはどうすればよいのか、の明示が求められる。端的に言って、営農センターや本店に吸い上げられてしまった営農に関する機能を支店がとりもどしうるのか、である。
具体的な地域農業ビジョンの策定に当たって、議案では「担い手」という言葉を二様に使っている。「担い手経営体」と「多様な担い手」である。担い手経営体は、平場・水田農業では「わが国の水田農業集落の平均である20〜30ha程度に1経営体を目安に、地域農業をリードし、農業で十分な所得を確保できる」個人・法人・集落営農等の経営体、中山間地域では「1集落(10〜20ha程度)で法人・集落営農中心」の経営体と定義されている。これは、定義からして、かつ平均的には、平場・水田農業では1集落1担い手経営体、中山間地域では1集落1集落営農(法人)といえる。農水省の推計等からいえば、1担い手経営体の主たる農業従事者は2〜3人である。要するに1集落全体が2〜3人による農業経営に集約されることになる。
しかしそんなことになったら、他の農家は就農の場を失うし、農協は組織事業基盤を失ってしまう。そこで「多様な担い手」が出てくる。それは「地産地消で所得を確保するベテラン農家・兼業農家や農地は貸出し・委託していても、農地・水管理の共同作業で担い手経営体を支える農家等」で「集落営農への参加やファーマーズマーケットへの出荷等による地産地消により所得確保」をめざす農家を指す。
 問題は、このような「担い手経営体」と「多様な担い手」が地域でどう共存するのかである。前述のように定義的には後者の農業者としての存続余地はないはずであり、にもかかわらず共存するとしたら、それは担い手経営なるものの具体像、定義からして変える必要がある。すなわち平場水田集落で水田土地利用型農業(米麦大豆作)だと、二世代経営(世帯主夫婦とあとつぎ夫婦が就農)するには30ha、法人経営化するには50haが必要だが、それでは集落農地のすべてを飲みこんでしまうとすると、米麦大豆のみでなく集約作も取り入れた複合経営が必要になるし、二世代経営だけでなく、夫婦経営やワンマンファームの担い手もいるだろう。このように担い手経営自体の定義や具体像を見直すなかで、多様な担い手との共存の姿を描き出す必要がある。
しかるに議案は「担い手経営体」と「多様な担い手」を峻別し、異なった対応をとろうとする。すなわち担い手経営体には「出向く体制」、多様な担い手には「出迎える体制」である。すなわち担い手経営体に対しては「JA事業の総合窓口となる出向く担当者(TAC、営農指導員等) を設置する」とし、1担当者当たり概ね50経営体を担当する。TACシステムとは、「JA全農が開発した、担い手経営体の情報(台帳)・面談記録情報(日報) をデータで一元管理し、情報を『見える化』するシステム」だそうだが、要するに大規模経営を農協事業利用から逃さないようマンツーマンで御用聞き・個別対応しようとするシステムである。
このTACをめぐっては、実態は議案が担い手経営対応の切り札とするような熟度には達していないと言える。農協職員が組合員農家に出向くのは当然のことだろう。1人50経営担当ということは、ほぼ2カ月に1回まわる計算であり、それも妥当かも知れない。また大規模経営は少数だから個別対応も必要だろう。
以上のことを認めたとしても、@担い手経営の態様と経営数は地域によってさまざまであり、一概に対応できるものではない。多くのTACは回りきれないほど多数の対象者を抱えているのが現実である。そういうなかでTACも回りやすいところを回ることになり、本来の課題である農協から離れつつある、あるいは離れた経営に出向くことにはならない。ATACと営農指導員との仕事上の仕分けが問われる。営農指導員が技術・経営指導と言うことであれば、TACは主として経済事業ということになる。そのように任務とポジションが明確でない。BTACは経済事業が主だとした場合には、価格決定権をもたないと、競合する業者と競争するのは難しいが、そこまでの権限は与えられていないだろうし、それが妥当か否かも問題である。C大規模経営が望むのは取引条件もさることながら、有利販売のチャンスや異業種情報・交流である。それに対してTACはどれだけ対応できるか。D誰がTACになるかも問題である。営農指導員OBは蓋を開けてみたらコメリ等に引き抜かれているという話も聞かれる。
以上からTACは位置づけがあいまいなうえ、農協に働く職員にも分りずらく、板挟みになる職員も多いのではないか。そのようなことから、単協により、TACを置くところと置かないところ、人数、任務、権限等、さまざまであり、定型化されていない。そのうえにノルマを課すなどのことは論外だろうし、そうなると他の職員との関係も微妙になる。
次に、「多様な担い手」については、「出向く」のではなく、ファーマーズマーケットや加工施設、JAグリーンや生産資材店舗による栽培指導や資材供給といった「出迎える拠点」を整備するとしている。かくして「多様な担い手」としては、必要に応じて、支店、営農センター、資材店舗等をそれぞれ訪問することになり、ワンストップショッピングとしての利点はなくなる。農協職員が時々顔を見せてくれる、世間話ができる、そのついでに情報も得られる、という農家の楽しみやメリットも失せる。要するに農協が遠く疎遠になる。TACの対象経営も、「自分だけが特別扱いされるのでは集落から浮いてしまう、TACが来るなら、自分が集落の農家を集めるから、そこで話してくれ」といった反応も聞かれる。農協の思惑と都合で、対象によって「出向く」と「出迎える」を分ける体制は、農家と農協との距離を縮めることにならない。
そのほか、地域農業戦略としては、「担い手経営体」「多様な担い手」のそれぞれの生産販売戦略、農地のフル活用のための諸政策、安全性問題等にも触れているが、その点は次章以下にゆずる。また政策要求としては、多面的機能の価値評価(貨幣換算)に基づいて全農地に地目毎に支払う直接支払い(基礎支払い)と「加算支払い」を提起しているが、民主党の戸別所得補償政策に対する優位性は感じられず、むしろ地代化する危険性がある。また米価下落の下で、最低価格支持政策等が不可欠だが、それらの要求は見られない。

3.地域くらし戦略
問題意識としては、東日本大震災でも農協が地域のライフラインの一翼を担っていることが分った。地域では子どもと同居しない65歳以上の世帯が54%を占め、買物難民、交通弱者が増え、中山間地域では集落機能の維持も困難になった。そのなかで農協が総合機能を発揮し、地域のライフラインになるべきだが、そのためには事業の縦割り性を脱却して総合事業体として機能発揮をすべきである、というストーリーである。
そのために、@「JAくらし戦略」を樹立し、高齢者・女性・子どもを重点対象に「JAくらしの活動」を立てる。「JAくらしの活動」とは、「組合員・地域住民がくらしの中で様々な思いやニーズを実現していくために行う自主的な取組みを、JAが食農教育や高齢者生活支援等を通じてサポートする活動のことです」。Aこの地域くらし戦略に支店を拠点として取り組む。BJAくらしの活動と、信用・共済事業等のJA事業との連携を深め、組合員・利用者のくらしを支援する総合事業を展開する。AとBの接点領域でコミュニティ・ビジネスを創出する、という手順である。このBの事例については〈表2〉が掲げられている。活動と事業がごっちゃになって何でもありの展開だが、農協事業としては生活事業、信用事業、共済事業が掲げられている。
 地域くらし戦略については、第一に、そのエリアが問題である。というのは、「JAくらしの活動担当者は、JA本店において、地域の人びとがJAの活動・事業に積極的に参画する意識を啓発し、JAへの結集力を高める役割」を担い、企画・提案、連携・調整、指導することになっている。要するに、前述のように地域農業ビジョンは支店が立てることになっているが、地域くらし戦略は本店策定のようである。しかるにその実践は「支店を拠点」とし、「地域に即した対応を行う」、「JA支店、ファーマーズマーケット、介護施設等を地域コミュニティの拠点」として取り組むとされている。くらしの分野の戦略も農業と同様に、人びとの生活に根付いている中学校区エリアのコミュティを主体にすべきである。
 第二に、戦略の仕組み方である。「JAくらしの活動」は、組合員・地域住民の「自主的な取組み」であり、JAはそれをサポートすることだという位置づけは正しい。しかし農協はたんなるボランティア団体ではなく経営体だから、それを事業にリンクさせることが求められる。その場合の事業はまず生活事業だろう。しかるに第23回大会(2003年)時の「経済事業改革の指針」で、農業関連事業は共通管理経費差し引き前の事業利益段階で黒字なら存続だが、生活関連事業は共通管理経費差し引き後の純損益段階で赤字なら廃止というより厳しい存否の規準を設けて、単協から生活関連事業の多くを切り離し、廃止するなり、子会社や広域会社に移してきたのがこれまでの行き方である。その結果、支店の生活事業は空洞化し、多くの支店は金融支店化した。今さら支店を核に「地域くらし戦略」を展開するといっても、事業組織の仕組みはそうなっていない。いきおい、高齢者・女性・子どもを対象としたボランティア的な活動のみとなる。
 そのなかで生活関連の具体的な事業としては、例えば介護・旅行・葬祭があげられている。特に介護については、JA支店単位に主任ケアマネージャーを置いた「JA版地域包括支援センター」が新機軸になっている。しかし介護・旅行・葬祭は、現実には厚生連に委託されたり、子会社等の対応になっている農協が多く、支店はバイパス化されている。
 こういう状況下で支店を拠点にした「地域くらし戦略」の実践といっても、それは支店に残された信用・共済事業のための地域サービスに矮小化されざるをえない。先に農業・地域・農協の三戦略のうち、「地域を核に」とされているのが、地域農業ビジョンの策定を除けば地域くらし戦略のみだとした点に関わることである。
収益事業から切り離された「JAくらしの活動」の費用は、「組織基盤強化対策」として、必要経費を予算化するとして、規準例として、剰余金からの積立、事業管理費に対する一定割合の予算措置の二例があげられている。しかしいくらカネがあっても、取り組む人がいなければ重荷になるだけである。支店が欲しいのはカネだろうか、要員だろうか。
以上の地域くらし戦略と横並びになるものとして、さらにJA交流事業とJA版地域包括ケアシステムの構築が掲げられ、また将来的には脱原発をめざすべきとしている。東日本大震災を入り口として脱原発を出口とする点では時宜にかなった提案だと言える。
しかし「将来的な脱原発をめざして」では、政府に対して「『エネルギー基本計画』の見直しにおいて、脱原発に向けた方針と代替エネルギー移行への手順の提示を求めます」とするにとどまる。1年後も「将来」、1000年後も「将来」であり、原子力村を除けば大方が将来的には脱原発であることは既に合意されている。農協陣営としては、もっと時間を区切った脱原発を求めるべきではないか。
 農協自身の取組みとしては「再生可能エネルギーの利活用」を掲げているが、ここでも「再生可能な売電価格の設定等長期的な視野の中での国の政策支援を求めていきます」となっている。そもそも脱原発を政策要求の項に位置付けたことが問題であり、再生可能エネルギーの取組みは各地の農協で既に始っている。もう少し主体的な方針を望みたい。

4.JA経営基盤戦略
議案は〈表3〉を掲げて、事業総利益が減少傾向にあるとし、とくに「共済・購買事業で減益傾向が顕著。信用事業も減益に転じ、事業総利益全体で減益を続けている」と危機感をつのらせている。そこから「リストラ型経営から事業伸長型経営への転換」が打ち出されるが、問題はその方法論である。ここでも、「支店を中心とした地域を単位として」「組合員との接点になる支店の役割を明確にし」「地域に即した戦略」をたてるとして、「支店」が強調されている(表1の文言には見られないが)。
 25回大会までは、「事業先にありき」で、事業ごとの課題が強調され、組織基盤の話はその後に出てきた。それに対して第26回の議案は、経営基盤戦略の土台に組織戦略を置き、それとの関連で支店中心を打ち出しているように見うけられる。すなわち、@総合力を活かした組合員利用の深化(タテ)、組合員加入促進(ヨコ)、組合員資格の継承(つなぎ)といった「組合員ステージアップ戦略」、Aそれを支える総合力発揮のために「組合員との接点となる支店の役割を明確」化し、「支店機能の強化(支店長のマネジメント強化、支店裁量の拡大)と、支店および支店を統括する基幹支店のサポート体制の強化」を行い、B「支店の地域活動の費用を計上」、「場所別部門別損益の機械的な適用ではなく、各事業への利益供与をふまえた適正な共通管理費配賦、および減損会計における実態をふまえた施設のグルーピング」を行うとしている。
 トーンとして、事業・経営重視から、その基盤としての組合員組織重視への変化がみられ、それとの関連で支店が重視されていると言える。このような総論を評価したうえで、問題は具体的提案である。
 具体的には、@組合員ステージアップ戦略、A世代交代対策、B職員の意識改革と人材育成、C各事業の取組み、からなる。
@組合員ステージアップ戦略では利用深化と組合員拡大の戦略をたてるとしているが、具体的な手段としては、総合ポイント制、金利・価格等の優遇、目的出資、高配当の優先出資があげられている。金利・価格は何と比較して「優遇」するのか、現実に可能なのか、目的出資、優先出資は、ヨーロッパの生協のような出資のみ組合員を認めるのか、ゼロ金利の日本で可能なのかが問われるとすれば、残るのは総合ポイント制くらいであり、競合の深さにくらべて芸がない。
Aの世代交代対策は議案の「主題」と位置付けられている。
 「第一世代(70歳以上)と後継者(50,60歳代)」については、世代交代に伴い発生する「多岐にわたるニーズ(農地・資産の相続や管理・保全、遺言、事業の継承など)を把握し、“組合員のくらしと資産を守る”観点からJAの総合力を発揮」するとされている。世代交代=死後相続ととらえたうえでの相続対策だといえる。それはそれで大切なことである。農家相続のあり方そのものに、死後一子一括相続でいいのかという問題はあるが、相続問題に第三者である農協がそれ以上踏み込むのはためらわれる面もあるので、その点を置いたとしても、「くらしと資産を守る」が主題で、肝心の農業がない。
具体的には、「管内居住の組合員第二世代」には、「正組合員としての継承をめざして一部農地での地産地消型農業の提案」、「農業後継者以外の第二世代(50,60代)、第三世代(40代以下)」に対しては「地域くらし戦略」で対応(准組合員化?)、「管外居住の第二世代」に対しては農産物宅配等で准組合員化を図るとしている。
 なお先の地域農業戦略と関連して「担い手経営体」に対しては、「『次代へつなぐ協同』の主役である『次世代の担い手経営体』がJAの出資者、利用者 さらには経営者として、主体的に参画する協同組合」「若手担い手経営体の部会役員就任や産地をリードする担い手経営体のJA役員就任」、「TAC等の継続的な訪問活動により一部事業のJA利用から始め…」とある。要するに「役員にしてあげるから農協から離れないで」ということだろうか。
 要するに、「担い手経営体」と「多様な担い手」に二分し、出向く・出迎える体制に二極化し、支店を「地域くらし戦略」で固めた帰結として、後継者対策をめぐっても「くらしと資産」が中心で、農業経営が中心に座らない。第二世代の最大の関心は、定年後帰農の具体的可能性だろう。彼らはホビー農業、直売所農業にとどまらない本格的経営も考えているだろう。定年帰農の受け皿体制の整備こそ最大の後継者対策ではないか。
Bの人材養成については、「支店機能強化や経営管理の高度化を担う中核人材の育成(JA経営マスターコースなど)」 「階層別マネジメント研修を全職員が受講する仕組みづくり」「職場そのものが最大の学習の場でもある」とされている。支店重視を具体的に担える支店長人材(旧農協専務・参事クラス)を、どれだけの期間(10年?)養成できるのか、OJT手法で間に合うかが問われる。
Cについては前述のように新機軸はない。検討は割愛するが、例えば共済については「LAの生産性向上に軸をおいた推進力の向上」が掲げられているが、職員の一斉推進等は極めて評判が悪いか、にもかかわらずそれをやめてLAに特化して事業がなりたつのか。全国の農協の実践を踏まえた検討が必要である。また支店重視をいうなら、推進目標も支店がたて、それを積み上げていく方式等が検討されるべきだろう。金融についても支店長権限等が問われる。先に「支店裁量の拡大」あるが、地域が知りたいのはその具体的なあり方である。総じて事業伸長型経営への転換を提起しつつも、その具体的なあり方は各全国連が縦割りで各事業の目標等を述べるのみで、支店を核にした総合力の発揮というスタンスにはたっていない。
 なお関連して、農協組織問題がある。
 第一に、准組合員問題である。前述のように准組合員が正組合員を上回るに至ったが、准組合員の声を聞くJAは減少している。それに対して「地域に応じた多様な意思反映の仕組みを積極的に導入」とあるだけである。
 関連して第二に、組合員制度のあり方については、「『食と農を基軸にした地域に根ざした協同組合』として今後の組合員組織のあり方について、JAグループとして検討を進めます」としている。要するに准組合員を正組合員化し、食農協同組合、地域協同組合化すべきかどうかについては、25回大会と同様に問題を先送りしている。しかし准組合員が過半を占めるようになった今日、問題の先送りで事がすむだろうか。逡巡している間に、外部から、反論するのが難しい問題を突きつけられる可能性が強まっている。
 第三に、合併問題については、内部留保が薄い(出資金比率が高い)JAは、世代交代による出資払い戻しを考えれば経営基盤弱体化の危険があるとして、「経営継続が困難」「小規模JA」は「組合員との接点を強化することを前提に、合併や連合会との機能分担」を「県段階で検討」するとしている。25回大会の「もう一段の合併」の意気込みは消えたが、むしろ小規模農協の存続をめぐり主体的な検討の必要性が高まっている。
 なお経営管理委員会については、これまでの大会は単協レベルについては慎重だったが、25回大会では「活用」に踏み切った。今回は管見の限りでは言及がない。この点についても既に一定の経験が積み重ねられており、その検証が必要である。
 最近は農協の不祥事が新聞等で報道されている。そのたびに行政等から「指導」がなされているが、根底には職員がやりがいをもって働ける職場になっていないことがある。たとえば、理事会方式と経営管理委員会方式、トップが農家組合員か職員出身か、理事会・経営管理委員会における農協OBの割合、職員に占める非正規雇用の割合等、精神論、監査論だけではなく、客観的指標と関連づけて自ら検証する必要がある。
議案は最後に「国民理解の醸成」として広報活動の重要性を訴えている。TPPや東日本大震災を踏まえて、情報発信の重要性とそのあり方が問われている。
総じて議案は、25回までのアクやクセがなく、よく言えば素直、厳しく言えば、これまでの大会決議等の丁寧な検証を経ずして転換を打ち出し、その割に新機軸の提示に乏しく、事業伸長型・「支店を核に」の意欲が空回りしているといえる。

5.真の支店重視に転換するには
 議案のデータでは、現在の支店(8760)は、公立中学1、人口15,000人、組合員1,000人、准組半分、職員12人、JA営農指導員1.65の規模とされている。要するに中学校区、昭和合併村、旧農協のエリアである。それを基礎エリアとして農協のあり方を再構築しようとする議案の方向は決して間違っていない。
 しかし、いまさら合併前の旧農協に戻れるわけではない。旧農協ごとのバラバラの体制のままでは合併した意味がない。合併による統合力、規模の経済を発揮すべきところは何なのか、支店重視に切り替えるべきは何なのか、その実践に基づく仕分けが必要である。
 現状の広域合併、支店統廃合、金融支店化、事業縦割り制貫徹、営農資材は営農経済センター化で支店から切り離す、生活事業等の多くは廃止・業務委託・子会社化で農協本体との有機的関係を薄める、あるいは絶つという方向の延長上で、金融支店化した支店を核に、平均12人の体制で、「地域農業ビジョン」を策定し、「地域くらし戦略」を実践しろといわれても、現場はとまどうばかりであろう。
 支店重視を言うなら、まず支店に営農をとりもどすのが本筋である。それがなければ支店重視も信用・共済事業のための地域サービス、信用・共済事業の手段になりおわり、それではほんとうの信用・共済事業との相乗効果も発揮できないだろう。
 この間の地域での実践として、大会決議にもとづいて一時は本店統合、事業本部制に移行した単協においても、その失敗に気づき、支店にもう一度、営農・経済事業をとりもどし総合性重視に切り替えて実績をあげている事例もある。
 生活事業をはじめ多くの事業が子会社化、業務委託されたが、それらを農協から離脱する方向ではなく、あくまで「農協の事業」であることを前面に出して、支店と関連づけていくことも必要だろう。支店重視は、たんに今ある支店を重視することでは達成できず、本店・支店、各センター、業務委託・子会社化等の農協の全組織・事業体制のあり方を見直し、支店へ厚い要員配置を行い、支店が総合性を発揮しうる人材と組合風土の育成が欠かせない。
 農協に働く労働者としても、支店重視が議案で言われるようになった事態をふまえ、農協がほんとうに農家に喜ばれ、そのことを通じて働きがいのある職場になっているか、なるためにはどうすればよいかを積極的に提起していくことが期待される。      




















第2章「地域農業戦略」の核としての「地域営農ビジョン」を
めぐる課題

1.「地域農業戦略」における課題認識
 本章では、議案の示す「地域農業戦略」の柱である「担い手経営体」に関して検討する。
 第U部「実践指針」は、第T部で述べられた全体像をより詳細に述べたものとなっている。さしあたり、その概要を確認しておこう。
 第U部の「T」では、まず今後10年後を見据えた「課題認識」が示される。これによれば、@担い手への農地集積は進展したものの、A農家の高齢化が極限に達し、「大量リタイヤ期」を目前に控えている、B農業所得の減少傾向が続いている、B食料に対する国民の不安が増加しているとの現状が示されたうえで、第25回大会決議の実践状況については、「地域農業戦略策定JAは77%となっているが、具体的な農業振興策や担い手確保が展望できていない」との反省が述べられている。
 これを受けての今大会の「課題認識」では、@地域農業を支えていく担い手の確保・育成、A大規模化・法人化・販売の多角化を志向する担い手に対応する事業強化、B販売力の強化、C第25回大会決議のさらなる取り組み強化の四点が挙げられる。
 このような「課題認識」を示したデータ的裏付けとして示されているのが「10年後のシミュレーション」であるが、そこに示された展望は、第一に、10年後には農家戸数は3割(79万戸)が離農するが、耕地面積の2割(93万ha)しか流動化せず、農業生産は脆弱化する、第二に、主業農家の規模拡大は5.1haから7.7haへと進み農地の約4割を占めるようになる一方、法人経営が増加し26000法人、46万haと農地面積の1割を占め、両者で農地の5割を担うようになる、というものである。そして、第三に、人口が約500万人減少する反面、高齢化が進み、65歳以上人口が約3割を占める結果、食料消費は減少するとしている。要するに、「後はない」状況であり、極めて厳しい現実を直視しなければならないという危機感を示したものと言える。

2.「実践項目」で書かれていること、いないこと
 以上のような危機感を踏まえたうえで示される「地域農業戦略」に関わる「実践項目」は、@次代につなぐ「JA地域農業戦略」、A新たな担い手づくりと農地のフル活用、B担い手経営体と一体になった生産販売戦略、C多様な担い手と地域に根ざした生産販売戦略、D消費者との信頼に基づく食の安全対策の5点が示されている。では、具体的に何をどのように実践しようとしているのか。以下では、このうち@〜Bについて取り上げてみよう。

 (1)次代につなぐ「JA地域農業戦略」の実践
 「次代につなぐ『JA地域農業戦略』の実践」において挙げられているのは、@持続可能な農業・農村像のあり方、A地域実態に応じた農業振興、B持続可能な農業・農村像の実現に向けた政策確立、CTPP交渉への参加断固反対、DJAグループの政策確立に向けた農政運動の強化、E地域営農ビジョン運動の展開であるが、@とAは「地域営農ビジョン」で描く担い手のイメージを具体化したもの、B〜Dは農政運動に方針を示したものということで、「JA地域農業戦略」の中核を為すのはEということになろう。
 それでは、「地域営農ビジョン運動」とはどのようなものか。議案では、「農家組合員が主体となり、JAと行政等が一体となった支援体制のものとで、自らの営農とくらしを向上させ、地域農業と農地を守り継承していくためにはどうすべきかを集落(地帯・作目等の実態にあった地域単位)毎に徹底して話し合い、地域営農ビジョン(人・農地プランを含む)を策定・実践します」と謳われており、地域営農ビジョンはそのまま民主党農政「人・農地プラン」と歩調を合わせたものとなっている。ただし、地域営農ビジョンの「ねらい」として挙げられるのは、@担い手経営体の明確化と農地集積、A多様な担い手の役割発揮、B地域の特色ある産地づくり、C農を通じた豊かな地域づくりの4点であり、@が「人・農地プラン」と歩調を合わせるものとすれば、A〜CがJAのオリジナルな取り組みと位置づけていると言えよう。
 今回の議案では、今後の担い手を「担い手経営体」(個人・法人経営・集落営農等)と「多様な担い手」(兼業農家・ベテラン農業者・自給的農家・定年帰農者等)に分類して位置づけたうえで、後者にも一定の配慮は示しながらも、全体として前者への積極的な支援の姿勢を示していることに特徴がある。したがって、Aの「多様な担い手の役割発揮」では、「多様な担い手」とされる兼業農家・ベテラン農家等がファーマーズマーケットなどを通じて一定の所得を確保するとしながらも、他方では、農地を貸出・委託をしても水管理や草刈りで「担い手経営体を支える」存在としても位置づけられており、地域農業の中での主役は「担い手経営体」で「多様な担い手」は補助的位置づけという認識が基底にあるように見受けられる。
 次に、ここでのもう一つのポイントは、地域営農ビジョン運動を進める拠点をJA支店に置いていることである。この場合の支店の規模は、議案.39ページに示されている図(「JA支店管内のイメージとJAにおける支援体制イメージ」)によれば、ほぼ公立中学校や旧市町村の範囲をイメージしていると言えよう。この支店を拠点として進める体制について、同図では、本店や営農センターなどから派遣される「JA専門支援チーム」(農地集積担当、営農・販売・購買担当、経営・信用等担当などの専門職員)が、JAのほか市町村や県普及センター等の関係機関と「地域営農支援チーム」を構成して「営農意欲や地域の課題の把握にあた」り「集落リーダーを補佐」することが図示されている。しかし、「JA専門支援チーム」と「地域営農支援チーム」との関係が具体的にどのようになるのかといった点や具体的にどのような業務を行うのかということについては、必ずしも明確ではない。

 (2)新たな担い手づくりと農地のフル活用の実践
 「持続可能な農業の実現」に向けての二つ目の「実践事項」として挙げられているのは、「新たな担い手づくりと農地のフル活用の実践」である。この中には、「新たな担い手づくり」と「農地のフル活用」の二つの課題が並べられているが、後者については、詳しくは「担い手経営体への農地集積と農地のフル活用」となっており、前段は「担い手経営体への農地集積」、後段は「多様な担い手の地産地消のための農地利用」ということで、要するに地域営農ビジョンの繰り返しである。
 したがって、「新たな担い手づくり」がここでの主要な内容ということになるが、ここで挙げられるのは、@「次代につなぐ新規就農者等の育成・支援対策の強化」、A「JA出資法人・JAによる農業経営の取組の推進」の二点である。@は、「JAの雇用やリースを通じた支援」「定年帰農者対策の強化」「関係団体が一体となった新規就農支援体制の構築」が挙げられ、JAふくおか八女における「新規就農者支援パッケージ」が事例として紹介されている。新規就農者を積極的に支援していくことは必要だが、ここで支援しようとする「担い手」が「担い手経営体」であるのか「多様な担い手」なのか焦点が定まっておらず、地域営農ビジョンとのつながりは明示されていない。
 このことは、A「JA出資法人・JAによる農業経営の取組の推進」にも当てはまる。JA出資法人やJAによる農業経営の取り組みは、「新たな担い手の一翼として」取り組むとしている。しかしその目的は、「担い手不在地域等における農業経営を通じた新規就農育成・産地振興、農地保全管理等」にあるとしており、「担い手経営体」または「多様な担い手」のいずれかに位置づけられるものなのか、それともいずれにも属さない第三の担い手たろうとしているのか、あるいは単なる新規就農支援の一環としての位置づけに過ぎないのか、いずれにせよ具体的なイメージがはっきりせず、取り組みの姿勢が中途半端な印象は否めない。

 (3)担い手経営体と一体となった生産販売戦略の実践
 「JA地域農業戦略」の一つの要が地域営農ビジョン運動であるとすれば、「地域農業生産の太宗を占める」(p.31)と位置づけられる担い手経営体の生産販売戦略は、もう一つの要と言える。「実践事項」の三番目に挙げられている「担い手経営体と一体となった生産販売戦略の実践」が重視されていることは、議案では42ページから49ページまでの8ページを割いていることからもわかる。
 では、その内容はどのようなものか。大項目として挙げられるのは、@「担い手経営体(個人・法人経営・集落営農等)への個別事業対応の強化」、A「担い手経営体に対応するJAグループの事業展開」、B「担い手経営体による『次代へつなぐ協同』」、C「担い手経営体に対応するJAの業務体制・業務運営」の四つであるが、Bは担い手経営体によるJAへの出資や経営参画を促すということを宣言しているだけで具体的内容に乏しいので、実質的にここで重要となるのは@、A、Cということになる。ただし、Cの「業務体制・業務運営」は、@と重複するため以下では@とCを同時に取り上げよう。
 まず@「担い手経営体(個人・法人経営・集落営農等)への個別事業対応の強化」であるが、ここでのポイントは「個別事業対策の強化」ということである。「次代の担い手経営体への個別事業対応」の項(p.42)では、「担い手経営体の所得向上を支援するために、担い手経営体の総合窓口となる担当者の設置と農業経営管理支援事業により、担い手経営体個々のニーズや経営状況・生産状況の把握と分析を行い、担い手経営体個々に適した事業提案を充実します」として担い手経営体への個別対応を強調している。
 ここで挙げられた「総合窓口となる担当者」は、TACや営農指導員等を担当者として置くことを指している。この場合、担当者一人当たりの担当経営体数は、概ね50経営体とされており(p.42)、これで十分な対応ができるかどうかは不安を抱かざるを得ない。 総合窓口担当について、C「担い手経営体に対応するJAの業務体制・業務運営」では、「業務の専任化と企画部門の強化」として、(ア)担い手経営体への対応業務の一本化、(イ)専門的サポート体制との役割分担の明確化、(ウ)企画部門の強化、(エ)部門間の連携などが挙げられている。このうち、(ア)がTAC、営農指導員等の窓口担当者ということになり、これをサポートする役割として(イ)は中央会・連合会や各部門(本店?)による「“タテ”の事業連携」を、(オ)は販売、購買、作物別指導、信用など各部門毎の「“ヨコ”の事業連携」を指している。
 とりわけ、ここでは畜産部門の事例を取り上げ、「JA・連合会・関連会社が連携した新飼養管理方式の導入等」として、JAと連合会による「厚みのある“タテ”の事業連携」をことさら強調しているのは、単協と連合会の事業連携(将来的には合併)などを意識してのことだろうか。
 真意は不明であるが、いずれにせよ議案だけではTACと営農指導員の業務分担がはっきりしていないことに加え、窓口担当者の配置がどうなるのか、とりわけ「支店を拠点として」進めるという地域営農ビジョン運動との関係では配置はどうするのか、また、現時点でさえTACと営農指導部門の連携が手探り状態であることや支店内の部門間連携ですら十分に取れなくなっているにもかかわらず、「窓口担当者−専門的サポート体制−部門間連携」が果たしてうまく機能させられるのかどうか、十分に整理し切れていない。
 次に、A「担い手経営体に対応するJAグループの事業展開」であるが、ここでは「生産販売戦略」に関わる取り組みについて述べられている。「生産販売戦略」は、経営に直結する部分であり、担い手経営体でなくとも最も関心を持つところである。いわば、農協事業が魅力的と映るかどうかの分水嶺となる部分であり、今後の農協の行方を占う核心部分を為すと言っても過言ではない。しかし、担い手経営体にとって本当に魅力的な「生産販売戦略」となっているかどうかは疑問である。
 米販売をめぐる情勢は、いま大きく変わりつつある。第一に、低価格志向が鮮明になっている。リーマンショック後の経済不況は、消費者の低価格志向を強め、ここに目を付けた西友(=ウォルマート)は2012年3月より中国・吉林省産米の販売を開始し、これが極めて好調な売れ行きであるほか、他のスーパーや外食産業にも波及する動きが出てきていることが報道されている(『朝日新聞』2012年5月23日付)。また、今年の初めには、低価格米志向の高まりが北海道産きらら397や青森産つがるロマン、山形産はえぬきなどの低価格米の需要が高まり、価格を300円〜600円/60kg押し上げた反面、新潟産コシヒカリの価格はやや下落気味であることも報道されている(『日本経済新聞』2012年1月17日付)。不況下においては一般消費者の行動原理として、できる限り家計費を抑えようとすることは当然であり、したがって、この傾向は米価全体に影響を与えることは間違いない。日本経済が長期的に見て展望が開けそうにない限り、米価が上がることを予測することは難しく、米生産農家は、農協の米販売戦略がどのようなものか極めてシビアな目で見極めようとするのもやむを得ない。
 第二に、米の購入形態の変化である。〈図〉は、社団法人 米穀安定供給確保支援機構による米の購入先に関する調査結果であるが、これによると最も多いのは「スーパーマーケット」45.9%、第二位が「親兄弟(家族・知人など)から無償でもらっている」23.5%、以下、「生協」8.6%、「農家直売」6.8%、「インターネットショップ」6.4%となっており、「米穀専門店」と「農協」はそれぞれ3.8%、1.4%に過ぎない。このように、消費者の米購入先は、スーパーを中心としながらインターネットショップなど新しい購入形態が一定の割合を占めるなど極めて多様化しつつあり、同時にスーパー、ドラッグストア、ディスカウントストアなどの低価格米を売りにする業種の位置づけも高まるなど、販売方法と価格の両面から販売競争が厳しさを増しているのである。農協系統にとっては、ここでどのような優位性を示せるのかが問われている。


 第三に、他業種からの参入である。2012年6月6日付『日本経済新聞』によれば、農機販売会社のクボタが米輸出を始めるということで、手始めに関連会社の新潟クボタが地元農家から米を集荷し、久保田米業(香港子会社)の冷蔵倉庫にて玄米のまま保管したうえで受注後に精米し出荷する取り組みを2012年秋から開始するという。日本料理店などの外食店のほか富裕層向けにインターネットでの販売も予定しており、3年後には年間500トンの販売を目指すとしている。このような動きが急激に拡大するとは考えにくいが、少なくとも様々な業種が米販売にも参入しつつあることは明らかであり、農協にとってもしっかり足場固めをしなければ足下をすくわれることになりかねない。
 以上のような米販売をめぐる状況の変化の中で、大規模化や法人化を進めている農家の多くは、農協を通さずに外食産業や加工業者、集荷業者、消費者等へ直販志向を強める傾向にある。これは農協系統の販売方法よりも直接販売する方が経営的なメリットがあると判断していることによる。したがって、米を初めとした農畜産物の農協への出荷率を高めようと思えば、農協の販売戦略が生産者から見て魅力的なものに映るようにしなければ困難を極めることは間違いない。
 しかし、議案では、販売については「担い手経営体の所得向上につながる生産提案の充実」(p.44)の中の小項目として「ア.JAと連合会の戦略共有による米の集荷・販売強化」、「イ.営農支援部門との連携による加工・業務向け青果物の販売強化」、「ウ.惣菜・加工品開発機能の強化等増加する需要に対応する販売強化」の三つが取り上げられているに過ぎない。「ア」について見ると、「大手実需者への安定販売」「播種前・収穫前契約の拡大」「パールライス精米販売」「資本提携等による食品流通・関連企業への影響力強化」「時期別概算金の設定」「早期生産」「実需と結び付いた米の買い取り」などの言葉が並ぶが、体系的とは言えず、販売戦略の基本線がどこにあるのか明確ではない。そうさせている大きな要因は、「JAと連合会の戦略共有」という言葉に象徴されるようにJAと連合会の関係が強調されるばかりで、肝心のJAと連合会の役割分担が明確になっていないからである。このため、JAにとっては、黙って連合会の言う通りにしていれば良いと言うことなのか、それともJA独自にもっと販路拡大などに精を出せということなのかはっきりしていない。「イ」および「ウ」についても同様である。
 この点でもう一つ問題なのは、販売事業をめぐる業務体制について何も触れられていないことである。営農経済事業については、担い手経営体用の窓口担当者を置くと明記しているのとは対照的である。これでは、「販売強化」とは謳ってみても具体的にどのようなかたちで強化していくつもりなのか心許ない。

3.「地域営農ビジョン運動」をめぐる課題
(1)「担い手経営体」は一様ではない
 10年後の担い手として位置づけている「担い手経営体」は、「個人・法人経営・集落営農等」となっているが、現状では、法人経営といえども企業的な展開を始め、農協をまったくあてにしなくても済む経営から家族経営的な法人経営まで多様であり、集落営農にしても政策対応的に組織されたものも多く、ここで描く「担い手経営体」となり得る集落営農はごく限られたものしかない。したがって、「担い手経営体」と一括りにしても、その性格は一様ではなく、したがってその対策も同じようには立てられないはずである。
 この問題は、今後、JAとしてどのような取り組みをしていくかにも関わってくる。すなわち、すでに企業的展開をしている経営については、どうやって農協と付き合いをしてもらうかということが主要課題となろうが、そうではない多くの個人、法人経営や、組織を作ったとはいえ、その中心は65歳以上の高齢者であって、依然として担い手問題は解決していない集落営農などにとっては、まずは目の前の経営をどう成り立たせるかが最重要課題であり、農協はこれに応えて行かざるを得ないのである。
 しかるに、「担い手経営体と一体となった生産販売戦略の実践」(pp.42-49)などを見ると、10年後を見据えたためか、すでに出来上がった「担い手経営体」を想定してTACによる個別事業対策が考えられているように見受けられるが、いま重要なのはまずは5年後までをどのように繋げていくかであり、そのための対策なのではないか。今回の議案で、長期的目標を明らかにしたうえで課題を整理していく姿勢は間違っていないが、現状と10年後の姿が別個に論じられており、10年後の目標までどのように繋いでいくのかという最も重要な点については具体策に乏しいと指摘せざるを得ない。
 農協に求められているのは、「担い手経営体」と一括りにせず、個々の「担い手経営体候補者」の経営的特徴をよく見極めた上で、よりきめ細かな対応をしていくことであろう。きめ細かな対応をするという意味では、支店を拠点とするというのは良いと思われるが、後述の通り課題もあり整合的な対策が必要である。

(2)10年後ではなく3年後を目指す姿勢
 今回の議案の特徴は、「JAグループのめざす姿」として10年後を描き、そこから戦略や実践事項が具体化されていることにある。戦略や方針を決定するにあたり、長期的展望を描いた上で具体化していくことは間違ったことではない。しかし、世界的規模で情勢が変化する今の時代においては、10年後はもとより5年後すら描くのが難しいというのが現実である。このような時代に大切なことは、足下を良く見つめ、足場をしっかり固めるために目の前の課題を着実に解決していくことであろう。

(3)「支店を拠点に」の課題
 これまでの広域合併推進・本店集中・支店の金融店舗化・リストラ路線の流れの中で、組合員に最も近いところにあるはずの支店においてすら組合員と農協の距離が広がっているばかりか、農協の支店内においてすら、縦割り化が進み、横の連携が取りづらい状況になっているという話をよく聞く。したがって、この度の地域営農ビジョンで「支店を拠点に」という方針を打ち出していることは、組合員に最も近いところにある支店を重視していくということの表明と受け止めれば一定の評価はできる。
 しかし、「支店を拠点に」という場合、本気で支店を強化するつもりはあるのだろうか。すでに見た通り、担い手経営体への支援体制としてTACや営農指導員などの窓口担当者を置くとしており、そのための業務体制が描かれているが(p.49)、窓口担当者がどこに配置されるのかはっきりしないが、支店が小さく書かれていることから見る限り、本店または営農センターに配置するつもりと見るのが妥当だろう。あわせて39ページの図(「JA支店管内のイメージとJAにおける支援体制イメージ」)を見ると、1支店あたりの営農指導員数は1.65人に過ぎない。
 しかし、「担い手経営体(候補者)」の多くは、日常的なコミュニケーションを含め、営農経済面での様々な支援を必要とする農家・経営体が多いと考えられる。したがって、議案でイメージしている支店では、十分な対応はできないのではないだろうか。10年後にイメージしているような「担い手経営体」を支店を拠点として育成するというのであれば、支店の営農経済部門をより強化する方向が必要なのではないか。
 いずれにせよ、支店が金融店舗化し、支店長も金融部門出身者という支店が多くなっている現状からすれば、地域営農ビジョン運動を支店を拠点に進めるためには、現状のままでは困難であることは間違いないが、どのような対策が講じられるのかは、地域農業の発展に本当につながるのかという問題にかかわると同時に、農協職員の業務体制にも大きく関わってくる問題である。








第3章 多様な担い手の位置づけと役割

1. 多様な担い手とその役割
(1)多様な担い手とは
 大会議案の主題は「協同組合の力で農業と地域を豊かにする『次代につなぐ協同』」である。そして「農業と地域を豊かにする」JAグループの目指す10年後の姿は、@消費者の信頼に応え、安全で安心な国産農畜産物を持続的・安定的に供給できる地域農業と農業所得の向上を支えている協同組合、A総合事業を通じてライフラインの一翼を担い、協同の力で豊かでくらしやすい地域社会の実現に貢献している協同組合、B次世代とともに「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」、として描かれている(P9)。この姿を実現するための戦略が「持続可能な農業の実現のための『地域農業戦略』」と「豊かでくらしやすい地域社会のための『地域くらし戦略』」であり、その基盤としてJAの「経営基盤戦略」と「国民理解の醸成」が位置づけられている。本章が検討する「多様な担い手」は地域農業戦略の中に位置づけられた地域農業の担い手の一つの姿である。
 地域農業戦略は、「地域営農ビジョン」に、「新たな担い手づくりと農地のフル活用対策」と「JA生産販売戦略」とをあわせて「持続可能な農業」(農業生産の拡大、農家組合員の所得の向上、農を通じた豊かな地域づくり)を実現するための戦略である。目的とする持続可能な農業・農村像は、「地域農業をリードし、農業で所得を確保する『担い手経営体(個人・法人経営・集落営農等)』、地産地消や農地・水管理の共同作業など農業・農村を支える『多様な担い手(ベテラン農家・兼業農家、自給的農家等)』が一体となり、加えて『地域住民・消費者』が農業・農村の価値観を共有することで、地域農業が成り立つ姿」(P12)として提起されている。
その目指す農業・農村像の実現のために、@担い手経営体の明確化と農地集積(さらに詳しくは、JA農地利用集積円滑化事業を通じた農地の面的集積、集落営農の組織化・法人化の段階的推進と書かれている)、A多様な担い手の役割発揮(同、ベテラン農家、兼業農家、定年帰農等は、ファーマーズマーケット等を通じて野菜等の生産・販売の一翼を担いながら所得を確保するとともに、農地を貸出・委託しても水管理や草刈で担い手経営体を支えることで地域農業振興のための役割を発揮する)、B地域の特色ある産地づくり(担い手経営体には実需者ニーズに基づく生産提案、JA・連合会と一体となった販売体制の構築。多様な担い手はファーマーズマーケットや6次産業化等で所得の向上を目指す)、C農を通じた豊かな地域づくり(地域住民の協力・参加も得て、環境保全活動、鳥獣害対策、食農教育活動、災害に強い地域づくり、生きがい農園づくり等地域実態に応じた多様な地域協同活動を進める)」(P38)の4つが地域営農ビジョン運動の内容として示されている(P12、13)。
 以上からもわかるように、「担い手経営体」の育成とその生産物のJAルートでの販売は「地域農業戦略」の重要な中心的な課題として位置づけられている。JA農地利用集積円滑化事業を通じた農地の面的集積や集落営農の組織化・法人化の段階的推進によって目指している農業構造は、「担い手経営体」と「多様な担い手」の二つの経営タイプが地域農業を支える姿として描かれ、この課題が特に重要な平場・水田農業については基礎単位である集落(概ね20〜30ha規模)ごとに1つの担い手経営体を作ることが目標として謳われている。
めざす持続可能な農業のイメージを描いたものが〈図1〉である。
同時にこの二つの経営の類型はJAの販売戦略とも結び付けられている。「担い手経営体」は農地集積した上で土地利用型農業(米・麦・大豆・飼料米等)と複合経営によって、実需者ニーズに合致した高品質な農畜産物をまとまった形で生産・販売できる効率的営農とされ、他方で多様な担い手の販売戦略は「地域の生産者の大宗を占める兼業農家や自給的農家等の多様な担い手への接点確保と事業展開」として「地域の消費者に地元産の農畜産物を供給する『地産地消』等、多様な担い手の多面的な役割発揮を支援」すること、「またファーマーズマーケット等を通じた『地域の消費者』とのつながり、6次産業化等を通じた『地域の企業・団体等』とのつながり、都市部のJA・連合会と連携した『都市の消費者』とのつながりと『地域・農業の理解者・賛同者』を広げ、農を通じた豊かな地域づくりをめざ」すこと(P50)が書かれている。ここからわかるように、多様な担い手は主として地産地消、具体的にはファーマーズマーケットの担い手として位置づけられている。

(2)多様な担い手の地域農業・農村における役割
 改めて、多様な担い手の地域農業・農村における役割がどのように位置づけられているか、整理すると以下のようになろう。
地域農業に関して。
@農業生産に関連する役割:農地の出し手、委託者、生産部会員や加工部会員等としての農業生産、水管理・畦草刈等の管理作業によって担い手経営体を支える、等の役割
A農産物の販売に関する役割:「地産地消」の担い手(ファーマーズマーケットの担い手、地域の消費者や飲食店、学校、企業等への地元産農畜産物の提供)。
加えて農を通じた豊かな地域づくりに、地域住民の協力・参加も得て力を合わせることが期待されている。
しかし、地域農業を支える「担い手経営体」と「多様な担い手」の関係が、専ら役割分担の視点から位置づけられていること(やむを得ないことであるが必然的に前者が主、後者が従として)は問題ではないかと思われる。役割分担と同時に、共に同じ目標に向かって努力する関係をどのようにしてつくり出すか、その基盤は何か、が十分には述べられていないと感じられるからである。例えば、大会議案にも指摘されているように、この構造を作り出すためには、担い手経営体への「地域の合意に基づく農地利用の面的集積」が必要である。その基礎は集落・地域の話し合いと合意による地域営農ビジョン」(P40)の共有化であると考えるが、それは利害が相違すると考えられる両者の出し手と受け手という関係が共通の目標、共通の利害によって止揚されていくことを意味するだろう。「担い手経営体」と「多様な担い手」が共通の目標・目的の下で、それぞれ異なる役割を果たす関係をどのようにして作って行けるかは今後の現場での実践的課題であろう。

2.25回大会決議と「農業復権に向けたJAグループの提言」―「多様な担い手」を理解するために
 大会議案の「多様な担い手」の意味するところを理解するために、前回25回大会決議、および「東日本大震災の教訓をふまえた農業復権に向けたJAグループの提言」(平成23年5月)の二つの文書を簡単に見ておきたい。決議だけでなく提言についても触れるのは、「提言の策定にあたっては、第25回JA全国大会に掲げた『農業の復権』と『地域の再生』をより具体化させ、わが国の農業と地域経済・社会のあり方を提起した」(P3)と、緊急対策としてではなく、農業と地域社会のあるべき姿の実現として復興が論じられているからである。さらに「提言の更なる具体化や検討が必要な部分については、次期大会に向けた検討課題として、第26回JA全国大会議案に引き継ぐ」(P3)と書かれている。

(1)第25回JA全国大会決議
 25回大会議案の主題は「大転換期における新たな協同の創造」であり、「新たな協同」の創造によって「農業の復権」と「地域の再生」を実現しようとする提起であった。農業の復権では、@農業生産額と農業所得の増大、A農地活用と担い手支援による自給力の強化、B国民の合意形成(P2)が提起されている。ファーマーズマーケットを核とした地産地消運動は、@のなかの重要な取り組みとして位置づけられている。またAでは、「家族農業経営、生産者組織、集落営農組織、法人、新規就農など地域・品目別に多様な担い手への支援を強化」が謳われている。つまりここでは26回大会議案書の「担い手経営体」と「多様な担い手」を含めて「多様な担い手」と位置づけられている。つまり25回大会決議の重点は、農業生産額と農業所得の増大、農地活用と担い手支援による自給力の強化という「農業の復権」にあり、その目的実現に向けて全ての農家、農業経営が一体になって取り組むという姿が提起されているのである。ファーマーズマーケットを核とした地産地消も農業生産額と農業所得の増大の取り組みの重要な内容であり、全ての農業経営の課題として位置づけられている。
農業の復権のための協同として、
@)農業者間の協同、A)消費者と農業者・JAの協同 、B)企業等と農業者・JAの協同 、C)海外の農業者・協同組合と農業者・JAの協同が謳われて、@)「農業者間の協同」は、@農地利用調整を通じた農家組合員の協同、A集落営農組織・農業生産法人・新規就農者の協同、BJAの農業経営を通じた協同、とさらに具体的に書かれている。@にあるようにここでも役割分担よりも協同が重視されている。
これらの協同を異なる視点から整理したものが、〈図2〉である。この図では、@多様な農業者による新たな協同、A農業者を含む地域住民・地域の関係者による新たな協同、B「農」と「くらし」を軸とした消費者・地域の関係者との新たな協同によって、「農業の復権」と「地域の再生」が実現されるという図が描かれている。この際の「多様な農業者による新たな協同の輪」では「販売農家、集落営農組織、大規模農家・認定農業者、農業生産法人、JA出資型農業生産法人、新規就農者・定年帰農者、農地の出し手、小規模農家・自給的農家」が「多様な農業者」として括られている。〈図1〉との大きな違いである。
 繰り返しになるが25大会決議は地域の農業者が一体となって農業生産額と農業所得の増大を目指すという視点が強い。したがって「家族農業経営、生産者組織、集落営農組織、法人、新規就農など地域・品目別に多様な担い手への支援を強化」(P6)するとされた。しかし他方で、「将来の農業像を明らかにするなかで、JAは、家族農業経営、集落営農組織、農業生産法人やJAを含む法人など、地域・品目別に中心的な担い手を育成・支援します。なお小規模農家、兼業農家、中山間地域等の農家については、地域農業、文化、生活維持のために重要な役割を有しており、そのニーズに応じて、共販の強化、直売所への出荷の組織的対応などを行います。また高齢化した担い手も安心して営農活動が出来るよう、地域の実態に即して支援します。こうした多様な農家を地域農業の担い手としてJA事業の中核に位置づけ、地域の実態に即した支援を行います」(P19)と、「中心的な担い手」と「小規模農家、兼業農家、中山間地域等の農家」とを分ける視点も見られる。この視点が26回大会議案では一層明確化されたのである。

(2)「東日本大震災の教訓をふまえた農業復権に向けたJAグループの提言」(平成23年5月)
この提言は、「国土面積が狭く中山間地域が多いことから、米国など大陸型農業のように数百・数千ha規模の大規模経営は不可能である」という日本の実態を踏まえ、「持続的発展が可能な農業」を、「規模拡大や価格競争力のみを追求することではなく、各地域の集落や農地の実態に応じて、資源を最大限に活用する形態の農業を持続的に発展させていくこと」、「そして安心・安全な国産農産物に対する消費者・国民の信頼関係のうえに、農業・農村の価値観を共有することである」(P4)と述べている。同時に「食料自給率40%のわが国として、海外市場への輸出に活路を見出そうとするまえに、可能な限り国内で生産し、国民へ安定供給することを最優先すべきである」(P4)とも提言している。
上記の日本の実態を踏まえた上で、水田農業の将来像として、1集落を1営農単位として農業で十分な所得水準を確保できる「担い手経営体(専業農家中心、法人経営、集落営農)」を、集落ごとにつくる必要を述べ、具体的には、「平均的な集落単位である20〜30ha規模を基本に、地域の実態をふまえ、平場と中山間地域など農業地域類型別に将来像」を描いている。「まとまりのある作付拡大と複合経営で効率的な営農持続する」日本の「集落の実態をふまえた日本型の土地利用型農業」(P9)の提起としている。
他方で、「ベテラン農家、兼業農家や定年帰農の農家などは、農業生産においても重要な役割を果たすとともに、水利施設、農道維持、畔管理など、集落全体の維持やコミュニティの維持といった重要な役割を果たす、農村の多様な担い手として明確に位置づけ」(P5)ている。
両者の関係は、「集落全体で『担い手経営体』を育成しつつ、ベテラン農家、兼業農家や定年帰農の農家などは、自ら農業経営を行いつつも、農村集落全体の営農やコミュニティを維持する農村の多様な担い手として、その役割を発揮することが必要である」(P10)と書かれている。
〈図3〉はこの提言で示された水田農業の将来像である。26回大会議案と比べ「ベテラン農家、兼業農家、定年帰農などの農家」、いわゆる「多様な担い手」の農業生産上の位置づけは重く、重要な役割を果たす姿が読み取れるように思われる。

3.26回大会議案書の特徴と課題
以上述べてきたことを最後にまとめておこう。
@25回大会決議、提言、26回大会議案を比較すると、農業の担い手の世代交代=JAの担い手の世代交代が緊急の課題となってくる中で、「担い手経営体」の育成に重点が置かれるようになってきたことがわかる。しかし、「担い手経営体」の確立に重点が置かれるにしたがって、競争力の強化、国際的に負けない農業という視点が強くなり、25回大会決議で重要な柱として掲げられていた農業生産や農業所得の増大や食料自給力の向上の課題が少しでも後景に退くようでは本末転倒である。提起された「担い手経営体」と「多様な担い手」という農業構造が、安全・安心な農畜産物の供給を拡大し、農業者の所得を増大し自給力を向上させることに結びつくものでなければならない。そのためには、そのことを可能にする国の施策、貿易理念の確立などの重要な課題も含めて取り組む姿勢がもっと打ち出される必要がある。
A26回大会議案書の「担い手経営体」と「多様な担い手」論は主として役割分担の視点から書かれている。しかし@で述べたこととも関係するが、大切なのは両者が役割分担をしながら「協力」して共通の農業のあり方を実現していると実感できる協同関係をどのように作れるかであろう。「担い手経営体」の育成には、農地の面的集積が不可欠であり、そのためには集落レベルでの農地の利用調整が必要である。これを共通の課題として取り組むためには、役割の分担だけではなく目的の共有化が必要である。このような協同の関係をどのようにして作り出していくのか、現場での工夫が望まれる。持続可能な農業・持続可能な農村の確立という目的を共有化できたときに両者の対等な協同が見えてくるのではないか。
B「担い手経営体」の販売戦略と「多様な担い手」の販売戦略を分け、ファーマーズマーケットによる地産地消を「多様な担い手」の役割とするのは機械的に過ぎないか。安全・安心・新鮮な農畜産物の地産地消は地域住民のニーズであるだけでなく、フードマイレージを減らし、環境問題にとても望ましい農業のあり方である。25回大会決議のように地域農業全体で取り組むべき重要な課題として位置づける必要がある。このことの必要性は「担い手経営体」においても複合経営化、販売ルートの多様化を目指すものが増えてきているのであり、「担い手経営体」にとっても重要な販売ルートになるのではないか。JAにとっては大規模化した「担い手経営体」をいかにJAにつなぎ止めておくかが大きな課題であり、その販売を従来のJAルートに取り込む必要があるとしても機械的過ぎよう。
同時にファーマーズマーケットは農業外の人々とつながる重要な接点でもある。この機能をどのように拡大し活かしていくかは今後の地域農業と地域のあり方にとって大きな課題となるだろう。
C多様な担い手は、地域の住民の就業機会の確保や住民の健康の維持にとっても重要であり、この視点からの位置づけも必要である(小池恒男著『地域からはじまる日本農業の「再生」』家の光協会、2012年、参照)。










第4章「地域くらし戦略」をめぐる課題

1.顧客囲い込みとしての支店拠点型「地域くらし戦略」
 大会議案は、U.豊かで暮らしやすい地域社会の実現の項で、環境変化として高齢化と地域社会の機能低下をいう。そこで「地域のライフラインを支える」「総合機能」を発揮すると宣言している。そして「JA支店を拠点としたJA地域くらし戦略」を組合ごとに策定し実践するとしている。地域を守る機能発揮、これ自体は、新自由主義政策強化のもとで地域崩壊が進むなかで、協同組合として至極真っ当な方針である(地域の疲弊を招いた政策の転換を求める主張はないが…)。「地域コミュニティの活性化に向け」て協同活動を進めることそのものに異を唱える人はいないだろう。
 問題は、すでに極限まで切り詰められた支店の体制で本当に取り組むべき協同活動は何か、である。果たして多くの組合の収支、人員・人材の現状で、幅広い支店拠点型の活動展開が可能なのか。
全国3ヶ所の地区別代表者会議でも、「支店をこれまで統廃合をして効率化・専門化してきた現状をどう考えるのか」といった疑問の声が相次いだという。これに対し「心配ご無用。10年後めざしてできる農協からやればよい」という主旨の回答が農協中央からあったようだ(『日本農業新聞』2012年6月20日付)。
 支店拠点化を唱える議案の本音は、“顧客囲い込み”にある。世代交代、貯金流出、共済契約減少の強い危機感のもとで、支店を前線基地としてドブ板作戦で信用共済事業に組合員を囲い込めということである。それはV.経営基盤強化の項でより明確に打ち出される。「組合員ステージアップ戦略」として「組合員利用の深化」「事業裾野の拡大」を進めるため「組合員(家庭)情報の共有化」を徹底するというのである。これはU.の地域くらし戦略の中でも、「生活情報」を取得、共有・管理し「戦略的に活用」と表現されている。支店長は地域の組合員の情報収集・管理マネージャーというわけだ。「事業の縦割り」を反省し「総合事業体としての連携が必要」というくだりも、信用・共済への囲い込みのために総合力を活かせという文脈で捉えることができる。したがって、V.経営基盤強化の「組合員ステージアップ戦略」を進めるに当たって、U.の地域くらし戦略は“装飾品”の位置にある。だから、組合員情報の共有さえできれば、あとの活動は「できるところからやればよい」のであろう。
 広域合併による本店集中化・支店統廃合が進む中で、これまで農協労働組合運動の側からは、支店を基礎にした地域づくり・農協づくりを主張し取り組んできた。そこで今回は「いよいよ農協中央がこれまでを反省し軌道修正したのか」と見る向きもあるようだが、本質はそうではない。リストラが行き着いた後の顧客囲い込み(次世代、地域住民対象)に、現場の労働者をフル動員すると宣言したに過ぎない。しかしながらなお我々には、支店を基礎にした地域づくり・農協づくりにどう取り組むかが問われてくる。組合員、地域のための農協信用・共済事業の展開方向を見つめることも重要な課題となる。営利企業張りの顧客囲い込みの本音のみが先行した取り組みに堕すれば、組合員の支持獲得、結集はできず、働く者には労働強化だけが残ることになる。めざすべき事業と運動のあり方を提示していくことである。 

2.事業論抜きの「JAくらしの活動」でよいか
 前回の第25回大会決議に続き、今回も「JAくらしの活動」が大きく打ち出されている。地域協同組合化を明確に志向した前大会決議で約10ページもの紙面を割いて提起したことの反動か、今回は重点化し、「高齢者生活支援」「子育て支援」「女性大学」「食農教育」等を挙げている。もちろんこれらの課題自体は地域から求められる大切なテーマではある。地域、組合員組織、農協の主体的力量に応じて、地域の様々な運動が活発化することに異存はない。
しかし協同組合は、まずもって事業体である。組合員、さらにこれから仲間になってもらうべき将来の組合員(准組合員を含む)にとって、農協に対する最大の関心はその「事業」の魅力にある。事業体としての協同組合としては、地域の課題、くらしの願いをどう「事業」に仕組んでいくのかが問われるべきである。事業論抜きの協同活動ではなく、組合員が事業に利用結集することで願いを実現し、くらしやすい地域づくりにつなげる、このことが事業体である農協の真の価値である。協同組合についての国際的な定義はこのことを端的に説明している(「協同組合とは、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じて、共通の経済的・社会的・文化的なニーズと願いを満たすために自発的に結合した人々の自治的な組織である」[協同組合のアイデンティティに関するICA声明、1995年])。
信用・共済を含む事業の展望の危機が云々されるという非常事態の中で、事業と切り離された協同活動、つまり「農協も地域貢献のためにいいことやっているんですよ」式のたんなる組合員サービス的対応ではまったく弱い。組合員から見たら、民間の金融機関の地域奉仕活動と何ら変わりない。議案は、「JAくらしの活動」を「JA事業」がサポートするという関係(サポートとは活動費用を産み出すという意味か?)を図示し、何とか「事業」担当部署において意識付けさせようとしている。これでは、「事業」担当部署の職員の意識は、民間金融機関や保険会社と同等レベルの顧客囲い込みサービスの位置づけにとどまる。「支店を拠点としたJAくらしの活動」が強調されるあまり、ややもするとイベント型・職員奉仕型の取り組みの実績競争に陥る傾向も出てきている(1支店1協同活動、支店農協まつり、子ども農業体験イベント、職員総出の清掃活動、ゴルフコンペ等)。もちろんこれらのサービスを実施できる経営の余裕があることはすばらしいことである。このことと、くらしの願いを「事業」に仕組んでいく取り組み、協同組合としての組合員参加の課題をいっしょにしてはならないということである。
「事業」担当部署の職員の本音は「協同活動といってもよくわからん。オレたちは事業で忙しいし、できれば組織企画や生活指導にお任せしたい。少々の手伝い程度はするしかないか」といったところではないだろうか。事業論抜きの「JAくらしの活動」では、“装飾品”の位置を脱することはできない。

3.組合員参加の事業拡大・事業改革とは
いま、力を入れなければならない協同活動とはいったい何か。事業体たる農協のそれは、組合員の願いに基づく組合員参加の事業拡大・事業改革の実践そのものであろう。つまり運動と事業を切り離さないこと、くらしの願いを「事業」に仕組んでいくことが求められる。それは、組合員の声・要求(困り事・悩み事、夢や希望、商品・事業への意見)を聞いて、それに基づき事業を不断に改革・開発していくことに他ならない。「ニーズに対応する」とは「聞いて改善する」そのことである。先に見た「相談機能強化」や「情報共有化」のベースに置くべきは組合員の声である。
この組合員のバラバラの声が組織化され“うねり”となったものが、協同組合の組合員活動=協同活動といえる。協同活動はさまざまな学習・情報提供の場としての意義も大きく、その中で、組合員の声・要求は成長・発展し、さらに事業に活かされる。協同活動を通じた組合員参加の力・声が事業拡大・改善を後押しする関係となっていく。こう考えていくと、「事業」担当部署にとって「協同活動と事業」は無視できないマターとなる。
協同活動と事業の相互関係は、実態的にも明白である。比較的新しいところでは、90年代に各地の農協で広がった安心安全な食品の共同購入運動がある。これは食の安全を求める農村女性たちの運動から生み出された。この運動からさらに直売所・ファーマーズマーケットの事業化に結実したところも多い。そうした農協では、あの「経済事業改革」(=生活事業否定)の嵐も乗り越えて共同購入運動を今も継続させ、直売所とも連動させた新しい共同購入展開の道を模索している。そこでは、共同購入は効率が悪いからと直売所に取って代わらせることはない。商品の学習・採用・普及に係る組合員参加、協同活動の取り組みまで、直売所で包摂することは不可能だからである。共同購入事業の採算問題打開のカギは、やはり利用組合員の協同と自らのくらしの見直しに置かざるを得ない。事業継続・コスト低減のために、計画的な利用や仲間とのまとめ買いと分け合いを進めるといった、利便性や個別性を重視する風潮とは逆のスタイルを組合員の間で検討していることは注目に値する。また、後述するように、介護保険事業は、農村の「嫁」たちの強い願いと助け合い活動を基点として立ち上がったものである。そして改めて助け合い活動の再構築に支えられた介護事業の強化がめざされている。
いま、組合員・住民のくらしの切実な願いや悩みは何か。それは端的に言って、老後の安心(年金、農地、相続等)、医療と介護の不安、健康維持、防災や防犯、食の安全、ムラの維持等であろう。であるならば、これを受け止めるべき「事業」担当部署は信用、共済、営農、生活経済、介護すべての部門にわたる。協同活動が組合員組織企画や生活指導の部署にお任せであってはならない。
特に信用・共済の分野で組合員参加の事業拡大・事業改革の実践を積み上げる工夫が求められる。年金友の会は今や最大の組合員組織であり、信用部署で事務局を担っている。個別の相談はもちろんだが、それなら他の金融機関でもやっている。年金友の会として、共通の切実なテーマ(老後の家計・税金・保険料、健康、医療介護、ムラの今後等)で学習運動を展開できないか。そこから助け合い活動、地域づくり活動への発展も考えられる。「見守りサービス付金融商品の利用を」と訴える場合でも、こうした協同活動を積み重ねたうえなら利用結集に格段の違いがあろう。さらには地域の将来のための資金運用・地域再投資といった協同組合らしい金融への改革を展望したい。
年度の事業計画ではその章立て・文言として「協同活動と事業」を切り離さない載せ方を検討すべきである。事業計画の組み合わせ方としては、老後の安心をつくる活動(年金友の会活動等)⇔地域密着の信用事業、防災・安全な地域づくり活動⇔地域密着の共済事業、助け合い活動・健康づくり活動⇔介護福祉事業・生活支援事業・健診事業、食と農を守る活動・食の見直し活動⇔生活購買事業(食品共同購入・食品供給)―といった立て方となる。実践に当たってはそれぞれの「事業」担当部署において“運動要領”を具体的に提示する必要もあろう。
組合員活動=協同活動の総括的な担当部署や生活指導員についても触れておきたい。その役割は、女性部事務局にとどまらない。「組合員全体に向けて、協同活動と事業の両面で組合員参加と学習を促進・支援し、各々の事業改革・開発につなげる企画と実践を行う」担当者であると再定義し、しかるべき教育・情報提供と処遇の体系を、営農指導員並みに設計する必要があると思われる。生活指導員・組合員組織担当者は、イベントの企画屋さんではないのである。
なお、議案は「JAくらしの活動」と「事業」の連携による「コミュニティビジネスの創出」に言及し、農家民泊、農家レストラン、ファーマーズマーケット、農産加工、移動購買車を例示している(なぜか介護関連を含めていない)。コミュニティビジネスとは、地域の課題を地域住民が主体的にビジネスの手法を用いて解決する取り組みであり、協同活動からの発展が期待される分野でもある。しかし、「協同活動と事業」のテーマを、組合員が経営主体となるコミュニティビジネス創出だけに矮小化させてしまってはならないと考える。組合本体の事業改革・事業強化と関連した協同活動という捉え方を本道とすべきである。

4.「組合員情報の共有化」をめぐる視点
議案は、「組合員ステージアップ戦略」として「組合員利用の深化」「事業裾野の拡大」を進めるため「組合員(家庭)情報の共有化」を徹底するという。運動体としても事業体としても利用者の情報管理を重視するのは当然である。職員間の組合員情報の引継ぎやデータ管理に不十分さがあるとすれば強化すべきである。利用情報管理と連動した総合ポイント制度の先進的な取り組みに学ぶことも必要となろう。
問題は、議案の具体策としては、前線基地の支店を情報収集のためにフル回転させることが中心課題となってしまっている点である。議案では、情報共有化方策の関連図のいたるところに「日報」が登場する。その内容は自分の部署ではなく他の部署の「事業へ繋がる情報」であり「戦略的に活用」するとしている。「情報提供に対する人事評価」にまで言及している。結局は信用渉外、LA、生活渉外の担当者は、「収益拡大へ繋がる情報をかき集めろ!日報を徹底しろ」と追いまくられるのではないか。支店長ら管理者に対しては、「とにかく情報収集・管理・活用のマネジメント能力をアップしろ」と、本店や中央会・連合会が躍起になる(マニュアルまで作るとしている)という構図が予想される。
農協が集めようとしている情報が以上のようなものなら、組合員の農協離れはむしろ加速するのではないか。真に求められている「組合員情報の共有化」をめぐる視点とは何だろうか。
前項でみたとおり、「ニーズに対応する」とは組合員の声に依拠して「聞いて改善する」そのことに尽きる。であるならば、「日報」で集約・共有すべきは、それが収益に繋がるかどうかの前に、まず組合員の声そのものであるべきだ。いかなる小さなクレーム、意見、相談もないがしろにせず、迅速な対応・回答、組織的な集約・分析と報告、着実な事業・商品改善の実現を一貫して不断に進める。このことは役職員全体の行動指針として明確化しておかなければならない。
したがって「日報」で集約された組合員の声は、支店でも本店でも迅速に討議・分析される体制が必要となる。とりわけ支店では職員参加で討議されることが望ましい。月1回の組合員訪問の日に、職員全員で各々聞いてきたことを出し合うミーティングを支店単位でやっている農協がある。そのことで職員集団として地域を見る眼、地域の課題をキャッチするアンテナ力が養われるのだという。これまで多くの農協労働者には、組合員の願いに寄り添い、地域に思いを来たす仕事の仕方が、当たり前のこととして身についていた。しかし最近の職場は、就職したての段階から仕事が細分化・専門化し、組合員や地域を丸ごと受け止める視点が養われにくくなっている。70年代、80年代の農協事業と協同活動の高揚期を担い体験してきた職員は定年期を迎えようとしており、その経験が若い農協労働者に十分にバトンタッチされているとはいえない。支店において組合員の声を集約・分析し合う討議を重ねることは、若い農協マンたちを成長させることに繋がるだろう。
本店においても、声の組織的な集約・分析の体制は必要である。現在の専門化・高度化した農協事業は、支店の努力や裁量だけでは即座に組合員に対応することが困難なものも多い。組合員からのクレーム、意見、相談の分析を専門的に扱う担当の役員を設置すべき段階にあると思われる。また組合員活動の総括部署はその担当役員の事務局として、声の中心的・最終的な受付・集約窓口、フィードバック機能をもつことになる。組合員の声は事業改革と利用結集に向けた“宝の宝庫”なのである。

5.利用・相談拠点としての支店づくりに向けて
議案の狙いがどうあれ、支店を基礎にした農協改革を本格化させることは待ったなしとなっている。組合員にとって身近な利用・相談拠点としての支店づくりの課題を考える。
 第一に、金融特化店舗としての発想からの脱皮である。議案が支店拠点型方針を出した途端から、現場から上がったのは「金融に特化し人員が減らされた支店でどうしろというのか」という声である。また、ある農協で支店を移転新築するにあたり組合員が集えるように料理教室を設置しようとしたら、支店職員がそろって「組合員の出入りが多いと金融店舗としてコンプライアンス上問題がある」と反対したという。この間の経済事業リストラ、金融至上主義の支店再編が、職員をして視野狭窄に導いた影響は、予想以上に根深いものがある。
 組合員にとって支店は最も身近な利用・相談拠点である。議案が地域くらし戦略で重点対象とした組合員農家の高齢者・女性が気軽に相談に乗ってもらいたいことは、やはり「裏の畑」の野菜の作り方や農薬・肥料の基礎的な知識となろう。しかし体制も職員意識も金融特化した店舗の窓口では、農薬・肥料のほんのちょっとした質問さえ対応できない。支店の当用買い対応も壊滅的な状況である。「統合した資材センターに行ってください」と言われても、車に乗れない高齢者農業の組合員には無理な話である。この金融特化店舗としての業務設計自体にメスを入れない限り、「支店拠点型の相談機能強化」宣言なぞ、組合員にとってはまったくの空手形にしか見えない。
 第二に、支店づくりへの理事の積極的関与についてである。「地域のライフラインを支える」総合機能を支店拠点で発揮するというのなら、その地域選出の理事の役割が不可欠である。支店長と二人三脚の位置づけで理事の役割発揮と責任を問うべきであろう。議案には、支店長の裁量・権限の拡大に関する記述が見られるが理事に関してのそれはない。
 第三に、労働組合の支店単位での奮闘である。農家・住民の要求に基づく地域づくりの取り組みは、全農協労連の仲間が伝統的に培ってきた運動の基本姿勢である。身近な利用・相談拠点としての支店づくりに向けて、農家・住民の聞き取り調査活動(数は少なくてもよい)等、できるところから支店単位での労働組合員の活動、そして組合執行部の支援に立ち上がるべき時である。
 
6.介護事業の本格的な事業政策が必要に
 介護に関わる課題は、議案は「助け合いを軸とした地域セーフティネットの構築」として別に項を起こして取り上げている。組合員・住民の要望を反映して、現実に300農協1000事業所あまりの介護保険事業が展開していることから当然の扱いと言えよう。
 「新たな展開方向」と銘打って「JA版地域包括ケアシステム」を打ち出しているが、これ自体は「新たな」というほどの新味はない。現状の取り組みである、介護保険事業、生活支援事業(保険外の事業のこと)、厚生連(医療)との連携、高齢者の住まい、健康寿命100歳プロジェクトをまとめて表現しているにすぎない。
しかし、「JA版地域包括支援センター」(仮称)構想は注意を要する。支店単位で設置し、専門職が相談を受けるという。支店拠点型の「地域くらし戦略」の介護版ということだろう。これとは別に介護保険法に基づいて設置される「地域包括支援センター」とは、地域住民の保健・福祉・医療の向上、虐待防止、介護予防マネジメントなどを総合的に行う機関であり、各区市町村に設置される。同センターには、保健師、主任ケアマネジャー、社会福祉士が置かれ、専門性を生かして相互連携しながら業務にあたる。法律上は市町村事業である地域支援事業を行う機関であるが、外部への委託も可能となっている(議案の「JA版センター」はその受託というものではないようである)。
「JA版センター」は、法令上の地域包括支援センターとの整合性はどうするのか、専門職としてケアマネージャーの配置や経費をどうみるのか等詰めるべき点が多い。安易な提起では住民・行政からもその本気度が問われるし、介護事業の現場に混乱を与えるだけではないか。もちろん本来的には、弱い立場にある介護サービス利用者・家族の権利擁護、苦情窓口として、行政とは別に自立的な協同組合版オンブズのような機関が構想されてもよい。しかし、日本の介護保険制度では協同組合も営利企業も横並びの一事業者としか位置づけておらず、かなりの難しさがある(せめて県中央会・厚生連段階で専門的相談能力を持った窓口を設置することは検討の余地があると思われるが…)。
 そんなことより焦眉の課題は、収支合わせに四苦八苦している多くの農協の介護事業の今後の展開をどうするかである。本年4月の介護保険制度改正により、国として@中重度者への重点化、A軽度者の保険外しの地ならし、B施設代わりの高齢者住宅の整備等が明確に打ち出された。
特に中重度者に対し介護と看護をセットして一体的に提供することを今まで以上に踏み込んで制度化している。農協介護事業としても、中重度者向けサービスをどう高度化・複合化できるかが焦点で、訪問看護との組み合わせ、ケアの標準化、診療所・開業医との連携、お泊りできる施設や「住まい」の設置、スタッフの質のレベルアップが、喫緊の課題となってくる。厚生連病院が存在する地域では、「医療と介護の連携」を地域でつくりあげる協議を、農協(農協系社会福祉法人を含む)と病院が急いで始めなければならない。お題目やお手伝いのレベルの連携・提携ではなく、双方の事業政策・事業計画の具体的な摺り合わせにまで高める必要があろう。そのことが人口の少ない農村地域で展開する厚生連の急性期医療を守ることにもつながるのである。厚生連病院がないところでも、地域に根ざす病院、診療所との連携に踏み出すことが求められる。一方、軽度者の生活援助は介護保険から外され、事業所として減収の方向が明確である。軽度者の生活援助をどう事業として継続するか知恵を絞る必要が出てくる。
こう見てくると、保険事業と保険外事業で、事業政策やスタッフ管理は当然性格の違ったものになってくるのではないか。農協本体、協同会社、社会福祉法人、組合員NPO(農協が支援)といった事業運営主体を事業によって分けることについても真剣な検討が必要となろう。さらには、医療を実質的に含む中重度者向け介護保険事業については、事業規模・人材体制によっては単位農協ごとの事業実施にこだわらず、複数農協や厚生連の共同出資型の法人による運営も検討すべき地域が出てくるかもしれない。医療・介護はまさに「地域のライフライン」である。経営の足を引っ張るような赤字にしては絶対ならないし、また赤字だからといって簡単に撤退するわけにもいかない。制度を見極めて慎重でていねいな事業政策づくりが求められている。
 一方、議案は「助け合いを軸とした」という表現を強調する。国は軽度者向け生活援助を住民の自主的な助け合いに肩代わりさせようとしているが、これに呼応したかっこうだ。しかし、地域の互助力は残念ながら機能低下・弱体化の状況にある。もちろん地域の互助力は再生・強化が求められ農協の助け合い活動への期待も大きいが、現実的な地域の実態を見るならば、「生活援助を助け合いで」などと言っているうちに、住民共倒れになるか営利業者の進出拡大になりかねないのではないか。そうではなく、生活援助を専門性・継続性のある事業として地域の非営利事業体(農協が実施無理なら組合員NPOもありうる)が安定して実施できるようにする、そのために市町村の役割(補助)も明確にさせるのが本筋であろう。
 これまで農協の中では、助け合い活動やボランティアなど、いわば「供給」面での参加に重きを置いてきた。いま同時に求められるのは、「利用」面での組合員参加、つまり介護サービスを積極的に利用し、そのあり方や内容に組合員として注文をつけること、要望を出すことである。どんどんと注文をつけられることで、農協・連合会と出資者・所有者である組合員との正しい緊張関係が生まれ、サービスの質を鍛えることにつながる。さらに、こうした組合員の「利用」面からの協同活動は、社会保障の充実をめぐる行政への要求、これ以上の制度改悪を許さない運動へと発展していく。そして市町村、県、国に組合員・住民の声を届ける取り組みを、農協と厚生連病院が協同して不断に続けることも、「JA地域くらし戦略」の一大テーマとなるのではないだろうか。








第5章 「経営基盤戦略」をめぐる課題

1.今大会議案における農協の経営基盤問題の経営・財務的背景
(1)損益構造の変遷
 総合農協合計の事業利益は1990年代に激減し、2001事業年度には261億円にまで落ち込んだが、その後は〈図1〉に示したように2009事業年度までは増加傾向にある。2000年代における事業利益の増加は、〈図2〉に見られるように、事業総利益が減少する中でのことであり、事業管理費の削減によって実現したことにほかならず、農協事業が縮小する中での、いわゆる「減収増益」であった。























 こうした事業管理費の削減は、事業体制の見直しを通して行われてきた。1990年代に合併した農協が、それまでの合体的な組織・事業・経営運営体制から、本当の意味での1つの農協として自立している過程でもあり、連合会再編と並行し、農協の自己完結性を高めることを目標に取り組まれてきた。しかし、〈図1〉でも確認されるように、連合会の奨励金に依存した経営構造からの脱却とまでには至っておらず、2003年に開催された第23回全国農協大会決議で協力に推進することとなった「経済事業改革」の最大の目標であった部門別の事業採算も、〈図3〉に示したように「改革」途上である。









































 そうした中、2010事業年度の事業利益は前年度比マイナス9%とみられており、事業管理費を削減することで事業利益を確保し続けることは限界になりつつある現状が明らかになってきた。

(2)財務(資本金)構成の変化と次世代対策問題
 農協の財務状況において、内部留保の強化による自己資本の充実が言われて久しいが、農協の純資産における出資金の割合は、2009事業年度では26.6%にまで低下しており、内部留保が充実してきつつあるとみられる。こうした状況から判断すると、組合員の世代交代に伴う出資金の継続の課題は、農協の財務にとってみてそれほど大きな影響がないのではないかとみられる。


























しかし、内部留保の増加額は、1989事業年度から1999事業年度の10年間では122%であったのに対し、1999事業年度から2009事業年度のそれは27%である。また、〈図4〉に示したように、1989事業年度からの10年間に内部留保を大きく拡大した都道府県で、その反動とも見られるように1999事業年度からの10年間ではほとんど拡大が見られないところもあり、山梨、奈良、鳥取、岡山、大分、沖縄の6県では内部留保を減らしており、そのうち4県で純資産も減少させている。逆にこの10年間で内部留保を充実させている都道府県は比較的都市部や1999事業年度までに内部留保の増加率が少ないところでみられる。
こうした要因には、財務基準の変化による純資産の構成要素の変化もあるが、2001事業年度より事業利益が拡幅しているとはいえ、地域差があることと、不良債権処理などを実施したタイミングなどの差が考えられる。
 いずれにせよ、従来のように内部留保の拡大があまり期待できない状況の中で、出資金の割合は低下しているとはいえ、その確保が重要になっており、そういった点から次世代対策が必要になっているとみられる。実際に、1999事業年度からの10年間に出資金を減少させている県が、岩手、宮城、山形、福島、静岡、鳥取、岡山、山口、大分の10県あり、相対的に農村部に集中している。

2.効率性を優先した農協「改革」の展開とその見直し
(1)系統組織再編と農協合併
1970年代後半から1980年代前半にかけて、農協合併はあまり進まず、数的には4000農協台で落ち着いていた農協が合併へと動き出す契機は、1988年開催の第18回全国農協大会において、西暦2000年までに1000農協をめざすと大会決議されたことである。その背景には農協の信用事業をめぐる情勢の変化があり、金融自由化への対応が主たる目的であった。とはいえ、組合員である農家の営農面での目標も必要なことから、「営農指導事業の強化」や「販売事業の強化」も同時に農協合併の目的とされた。
さらに、1991年には系統組織・事業の二段階化の方針が示されると、農協合併はにわかに動き出す。系統組織・事業の二段階化は、実質的には県段階の連合会を統廃合することを企図していて、単協である農協が「自己完結的」な事業・経営体制を確立することが前提条件であったからである。
しかし、農協合併を後押しした大きな推進力は、農協の経営問題である。〈図2〉でみたように、1992事業年度と1993事業年度の2年連続で事業総利益が対前年度マイナスになっており、これは1950年代の再建整備期以来のことであった。その後、1994事業年度と1995事業年度は対前年度プラスであるが、事業管理費が硬直的であるために、〈図1〉に見られるように事業利益は1991事業年度までの水準まで回復しなかった。そして、1990年代後半には事業利益の激減がみられたのである。1990年代後半から本格化した農協合併は、事業面での目標は示しつつも、経営悪化の中での差し迫った決断であったとみられる。
そのような切迫した中での決断であるため、合併後の構想を十分に描けないままで合併は進み、従来の事業体制の上に新たな本所が位置づいただけで、事業体制の効率化にはほど遠い状態の農協が多くみられた。その中で、組合員に対して早急に合併メリットを示すことを優先し、各種手数料と負担金の値下げ、施設投資による利便性の向上を行ったため、経営的にはより一層のマイナスを示す合併農協も見られた。
農協合併は、2000年代になっても進むが、農協経営の危機的状況打開の切り札として「事業改革」が俎上に乗せられてくる。

(2)事業改革と農協事業の縮小化
1990年代後半における金融情勢の激変を受け、2001年12月にJAバンク基本方針(系統信用事業の再編と強化にかかる基本方針)が決定されている。これは、系統農協として運用を始める破綻未然防止のための「自主ルール」であり、系統農協が1つの金融機関として機能することを定めたものであった。そこでは「金融機関」としての経営体を重視するため、他事業における事業採算性も問題視されており、事業利益が二期連続で部門赤字を示した場合は、3年以内に、@人員・経費の削減、A不採算業務・施設の統廃合・見直し、B配当・還元水準の見直し、C運営方式の見直し、手数料体系の抜本的な見直し等に取り組む必要があると記されていた。
 さらに、2003年の第23回農協大会で決議された「経済事業改革」では、「財務目標」として経済事業の採算性が問題視され、「農業関連事業」は共通管理費配付前の事業段階での収支均衡が、「生活その他事業」に関しては配付後の段階でも収支均衡が求められた。営農指導事業は財務目標の中では、いわば聖域化され、営農指導員の費用などは農業関連事業に含められなかったが、生活指導員のそれに関しては生活その他事業の中に含められ、生活関連事業の事実上の撤退を進めるものとみられた。
こうした方針は政策的な指導も反映されており、国の農業政策の押しつけや財界による農村部でのビジネスチャンスの拡大と関連しているのではないかとも考えられた。また、JAバンク方針との整合性でも問題がみられた。ともあれ、「選択」と「集中」の名の下に、支店や事業所の統廃合、不採算事業部門の縮小・廃止や別会社化など、県単位、農協単位に目標を取り決めて進めて行くことになった。
こうした「改革」の結果、農協の事業体制は縦割り化され、専門性は高まったともみられる。しかし、先に見たように事業利益は確保されているが、不採算部門の切り捨てが進むため事業規模は縮小化されてきた。また、出先機関も統廃合され、支店と出張所を合わせた数は、1999事業年度の13,898から10年後の2009事業年度には8,760にまで、1999事業年度比37%も減少している。そのことが、農協事業の強みでもあったはずの総合性の低下、組合員の組織力の低下につながり、縮小スパイラルと言われるように、事業管理費の削減でしか経営収支を成り立たせられなくなってきたのである。
 こうした事業効率化一辺倒による経営の合理化路線への見直しは必要になっていたが、2006年開催の第24回全国農協大会でも引き続き「経済事業改革」の推進が述べられており、第25回全国農協大会(2009年)にみられる健全経営確立のための方針にも引き継がれていた。

(3)農協大会にみる組織力再認識への変化
 他方で第24回全国農協大会では、「安心して暮らせる豊かな地域社会の実現と地域貢献」という点に言及している点が注目される。制定された「食育基本法」関係の食育事業や高齢者福祉事業など、事業との関連性を特に意識しているように見られるが、「くらし」という視点を重視している点が注目される。実質的にはこれまでの生活事業と変わらないが、「経済事業改革」の関係もあり、生活その他事業の部門とは異なり、共通管理費の中でくらしの事業に取り組む農協がみられるようになる。また、地域貢献活動の意味が議論にはなったが、直接的に「事業」とは結びつかなくても、地域のために農協が何かを果たさなければならない点があるということを考える契機にもなった。
そして、第25回全国農協大会では、「新たな協同の創造」「組織基盤力の拡充」という提起により、組合員・地域住民のくらしの総合的支援に農協が果たすべき機能があるという方向性が示された。地域に根ざした組織として、何かをしなければ地域が成り立たないところまで問題は深刻化しており、それに農協が応えていくべきことが重視されており、様々な世代の組織化や新しい協同を進めるための取組の必要性が示された。
 効率性重視の事業「改革」から協同を再認識した組織基盤の見直しという方向性は、今回の農協大会でも延長上に位置すると考えられる。しかし、1990年代から2000年代にみられた、効率化を優先した「改革」の根本的な反省は見られないままでの方針では、何となく納得がいかない点も否めない。

3.今回の農協大会議案に見る「経営基盤戦略」の特徴
(1)地域に即した「JA経営基盤戦略」の実践
 ここでは、地域に即した戦略の確立を目的に、地域に根ざした組合員・利用者の目線による事業・活動を行うため、組合員ニーズの把握と組合員との接点を増やすことの必要性から、支店機能の発揮に重点がおかれている。その支店を中心に、組合員の農協事業・活動への参加につながる組織活動を進め、支店の裁量や予算措置に至るまで示されている点は、より踏み込んで支店活動を重視している姿勢とみられる。また、支店を中心とした事業展開においては、総合力を発揮した商品企画や組合員に出向く体制についての必要性も言及されている。
 こうした支店重視の姿勢を打ち出した理論的根拠としては、農林中金総合研究所「JA支店における地域活動と経営成果への影響に関する調査の報告」があり、支店活動の活発度と支店の事業成績には何らかの相関関係があることが実証的に示されたためによる。実践の中でも、福岡市農協の取組で注目されたが、「支店便り」を重視する農協が目立つようになり、支店の活動が事業拡大や経営改善に影響を与えている事例がみられる。総合力発揮の商品として、他の金融機関との差別化にはほとんどならない金利優遇などの従来型の商品とは異なり、農産物提供や収穫体験などで地域住民の指示を受けている例もみられる。
 次世代対策として「一部農地での地産地消型農業等の提案」などは、直売への出荷を促す取組として、次世代を対象に就農のための技術講習会などを実施している農協がみられる。年間売上が20億円以上である大規模直売所「さいさいきて屋」を有する越智今治農協では、直売所に隣接した市民農園において、一般市民の家庭菜園的圃場と後継者育成用の圃場を使い分けて提供している。

(2)協同組合としての意識改革と人材育成の実践
 ここでは、「協同組合」としての農協という意識を重視すべきとの視点から、職場改革と人材育成を進めることを示しており、「職員満足」という指標や「活力ある職場づくり」という面が前面に出てきている。また、そのために、総合力を発揮できる人材育成の重要性を示している点が注目される。これは、従来の専門性の追求を軽視した訳ではないが、先に見た支店における総合力発揮のための職員のあり方として、元来農協職員の特徴でもあった総合力を再認識した結果であるとみられる。
 あいち知多農協では、2000年代前半において、支店の職員の役割として、他の金融機関や保険会社に負けないための専門性が重視され、職員教育の比重は業務スキルに向けられるようになった。また、コンプライアンス強化を重点的に取り組む中で、様々な規制や制約が多くなっていた。そのため農協職員が余分な業務は行わないで、決められた枠の中だけで業務を行えば良いという意識が強くなり、組合員との接点がきわめて弱くなっていた。その結果、組合員からは「農協らしさや親近感が薄れた」「組織活動が停滞し農協の帰属意識が低下した」などの意見が寄せられるようになる。コンプライアンスの強化や分業化・専門性の追求が図られた反面、総合性や農協らしさの面が明らかに希薄化し、何より農協職員が「協同組合」組織に属する職員であるとの認識が薄れていたことが問題となっていた。農協の強みは総合力であり、組織の結集力であると再認識して、職員自らが事業や活動に積極的に参加し、組合員・利用者、地域住民と接していく姿勢が求められて、その後、「職員満足」を柱の一つとし、支店を中心とした事業改革に取り組むことになる。
 コンプライアンスの強化や専門性の追求一辺倒から農協本来の総合力と協同組合としての事業機能発揮へと方向性の明らかな転換がみられる。また、2012年が国際協同組合年であることを契機として、他の協同組合機関との連携の必要性も示されている。

(3)次代へつなぐ組合員基盤強化・組織活動支援の実践
 ここでは、世代交代を意識して、世代毎の組合員の組織化や活動の重要性、正組合員数を上回った准組合員の意志反映の方法の必要性が示されている。また、次世代の農協の組織活動や経営参画のリーダー育成の必要性も示されている。いくつかの農協においては、次世代の農協役員候補とみられる組合員を意識した各種講座の開設などが見られているが、そうした取組が必要になってくると思われる。ただ、准組合員の経営参画に当たっては、まだ明確な方針は示されていない。

(4)JA経営の健全性向上の実践
農協経営の健全性のために必要とされる基本的な体制について言及されているここの部分は、従来から指摘されている点と大きくは変わらないとみられる。また、財務基盤との関係が次世代の資本流出の危険性につながるという点については、先述したように、出資金が減少している県がみられることから現実的な問題となりつつある。そして、やはり農協合併の必要性も検討すべきとの言及があるが、今日において再度の農協合併となると、1県1農協となる以外にはあまり考えられなくなる。しかし、それは、連合会組織のあり方を含めて、改めて検討すべき課題があまりにも大きいと考えられる。

4.おわりに〜まとめにかえて
農協経営の改革として、農協合併や事業「改革」に取り組んできたが、事業縮小路線の中での事業利益確保は、事業管理費の削減によってしか実現できないため、どうしても経営テクニック的な手法が中心となってきた。しかし、そうした方向性では縮小スパイラルに陥るだけで抜本的な改革にはなえないという自覚が強まっており、その意識が強く反映されたのが今回の大会議案ではないかとみられる。そのため、再度の合併の方向性を含み置いているとはいえ、基本的戦略としては地域に即した事業展開の重要性が強調されている。
 そこでは、具体的に支店機能を重視し、組合員の組織活動を活性化させ、農協の総合力を発揮した事業展開が描かれている。それは、地域に根ざした協同組合活動から農協運動を再構築するという点では基本的戦略であり、重要な指摘であると思われる。しかし、これまでの農協合併と「改革」の中で、支店の統廃合が進んできたため、農協の支店は、従来の昭和合併以前の旧行政区とは乖離しているところも多くみられる。また、専門性を追求した事業改革の結果として、事業所単位の組織事業体制になっている農協も存しているとみられる。地域単位の金融支店をイメージして支店重視の戦略を示しているが、具体的にはもう少し多様な支店活動のあり方を示す必要があると思われる。そういった点では農協ごとの計画が重要である。
 また、そうした支店活動の強化に関して、予算的な裏付けの必要性を言及している点は、組織活動や教育活動をより実質的に重視した点で注目される。とはいえ、次世代の出資金問題が顕在化する中で、財務基盤の確立の必要性が示されたように、経営的に余裕がない農協があることも注視する必要がある。そこでは、経営的な要因から組織活動が停滞することも懸念される。だからといって、財務基盤が確立してから組織活動を充実するという考え方では、これまでの「改革」路線と同じになってしまい、結果として農協合併以外に解決の道がないことにもなりかねない。支店を中心とした組織活動の充実を現実的なものとするための理論的実践的な裏付けをより明確にし、連合会などの支援による組織活動の活性化策も必要になると思われる。